第17話 図書館にある題名のない本(前編)

「夜に聞こえるピアノの音」と「保健室のベッドに現れる奇怪な老人」

「首を取る鎧兜」と「笑う絵」


 これらの怪奇現象は関連していた。

 一つの怪奇現象が呼び水となり、次の怪奇現象を引き起こす。

 まるで呪いが受け継がれていくかのようだ。


 数学の授業中だが、僕には先生の言っている事がまるで頭に入って来なかった。

 まあ学校の授業レベルなら、後で教科書を読んでおけば、二時間や三時間くらい聞かなくても大丈夫だが。

 それよりも先週までに体験した、この二つの事件の事の方が頭にこびりついて離れない。

 いや、正確には四つの事件か。


 そしてもう一つ気になる事があった。鏡花の事だ。

 彼女は何故あんなに、霊について詳しいのだろう?

 「霊の想い」だの「霊が現れやすい場所」だの「霊には自分が見たいもの・聞きたいものしか、見えないし聞こえない」とか

 まるで幽霊に知り合いでもいるか、本人自身が幽霊のような……


 そこまで考えて、僕は頭をブルっと振った。

 何をバカな事を考えているんだ。

 鏡花が幽霊かもしれない、なんて。


 だが……と、僕の頭の中で誰かが囁く。


 鏡花がクラスの他の誰かと話しているのを、見た事があるだろうか?

 いや、いや、いや。

 何をくだらない事を考えているんだ。

 鏡花は人間だ。ちゃんとした。

 僕は彼女の息遣い、その目、表情、そして仕草。全てを明確に思い出せる。

 胸だってけっこう……いやいやいや、何を考えているんだ、僕は。


 僕は教室の後ろを振り返ってみた。

 僕が見た席は、今日は主がいない。

 鏡花は欠席だ。

 今日は彼女に会えないらしい。

 僕はそっとため息をついた。


 昼休みになった。

 僕は鏡花のいない教室に居る気がしなかった。

 一人になりたくて生徒展示室に向かう。

 こういう時、一人になれる場所があるのはありがたい。


 だが生徒展示室には先客が居た。

 それも喜ばしい先客が……鏡花だ。

 彼女は文集と一緒に、聡美のノートを見比べていた。


「居たんだ?」


 僕がそう声を掛けると、彼女は静かに顔を上げた。


「うん」


「授業に出ないの?」


「気分が悪かったから……朝も起きられなかったし、十時過ぎに来たから」


 そう答えると、彼女は視線をノートに戻した。

 僕は鏡花の前の椅子に逆向きに座る。

 昨日からずっと考えている事を口にした。


「今まで調べて来た二つの話だけど、『保健室のベッドに現れる奇怪な老人』は『夜に聞こえるピアノの音』が、『笑う絵』は『首を取る鎧兜』が、その原因だったよね」


「そうね」


「それでさ、七不思議の話って、ある話が文集によく出ている時期と、あまり出てこない時期があるじゃない。この前の『首取りの鎧兜』みたいに」


 鏡花が上目づかいで僕を見た。

 話の先をうながしているらしい。


「思ったんだけど、七不思議の話って移り変わっていくんじゃないかな?『夜に聞こえるピアノの音』は『保健室のベッドに現れる奇怪な老人』になったみたいに。七不思議の一つの話が解決すると、次の話が入って来るって感じで。その、呪いが受け継がれていくって言うか……」


「いま気付いたの?」


「ん……今じゃないけど、この前の事件から。そう考えると、ある年からある話が突然出てこなくなって、新しい話が出て来るのも理由が付くんじゃないかと思って」


「私もそう思って、七不思議が文集に初出した年をリストにしてみたの」


 そう言って、彼女の手元にあったルーズリーフの一枚を僕の方に向けた。


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2014(平成26) 図書室から校庭を見下ろす女

2012(平成24) 図書館にある題名のない本

2005(平成17) 女子トイレの花子さん

2004(平成16) 後をついてくる少女

2001(平成13) 放送室で夏休みの閉じ込められた少女

2000(平成12) 存在しない地下室

1996(平成8 ) 美術室の血を流す石膏像

1994(平成6 ) 笑う絵

1990(平成2 ) 保健室のベッドに現れる奇怪な老人  ※校舎建替え(クラス増設)

1988(昭和63) 女子トイレの一番奥、第四階段(その2)

1987(昭和62) 学校裏に閉じた井戸があり、そこに引き込まれる、理科室の笑う人体標本

1986(昭和61) 理科準備室でうめき声が聞こえる

1983(昭和58) 屋上の口裂け女

1982(昭和57) 鳴き声がする写真

1981(昭和56) 8月13日の合宿

1980(昭和55) 4時42分に映る屋上の人影

1970(昭和45) 夜に聞こえるピアノの音

1961(昭和36) テニスコート横にある防空壕

1960(昭和35) 首を取る鎧兜、第四階段(その1)  ※校舎建替え(コンクリート製)

1946(昭和21) 焼け焦げた卒業写真

1945(昭和20) 演じてはいけない台本、体育館の床の染み


〇古くからあり、わからない・・・百葉箱の中のお札、七不思議の七つ目は知ってはならない。

〇既に伝えられていない古い話・・・血で書かれた手紙、持ち主が不幸になる自転車、欠け梅の木

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「これを元にして、それぞれの話が何年度の文集や日誌に出て来たか、リストにしてみればわかりやすいと思うの」


「そうだね。じゃあ今日はこの作業を片付けちゃおうか」


「授業は出なくてもいいの?」


 鏡花は少しイジワルそうに笑った。


「僕も今日は気分が悪かったんだ!」


 僕達はその後、生徒展示室で平成以降の三十年分、次に学校の図書室内の資料保管室内の昭和三十三年からの三十年分、合計六十年分の文集と資料を調べた。

 年度ごとに出現する七不思議の話を一覧にまとめる。

 全てをまとめ終わったのは、午後四時を過ぎた頃だ。


「できたぁ~!」


 僕はイスから大きくのけ反って、伸びをした。


「お疲れ様」


 そう言った鏡花の方は、あまり疲れていない様子だ。

 タフだなぁ、と思う。


「けっこう整理できたと思うんだけど?いくつかは繋がりがわかると思う」


「そうね」


 そう言って僕と鏡花は、作ったばかりの七不思議の出現リストに目を落とした。


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1、保健室のベッドに現れる奇怪な老人

  →1990年(平成2年)~現在

2、笑う絵

  →1994年(平成6年)~現在

3、美術室の血を流す石膏像

  →1995年,1999年

4、泣き声がする写真(滝が写った写真で賞を取っている)

  →1982年(昭和57年)~2012年(平成24年)

5、首を取る鎧兜

  →1960年(昭和35年)~1990年(平成2年)、1993年

6、演じてはいけない台本

  →不明(戦時中)~1987年(昭和62年)

7、夜に聞こえるピアノの音

  →1971年(昭和47年)~1991年(平成3年)、1995年

8、体育館の床の人型の染み

  →不明(戦時中)~1959年(昭和34年)

9、女子トイレの一番奥

  →1988年(昭和63年)~2004年(平成16年)

10、女子トイレの花子さん

  →2005年、2009年、2013年

11、理科室の笑う人体標本

  →1987年、1992年、2002年、2015年

12、理科準備室でうめき声が聞こえる

  →1986年、1988年、1992年、1996年、2004年、2006年、2009年、2011年、2016年

13、図書館にある題名のない本

  →2012年(平成24年)~現座

14、第四階段(その1)

  →1961年(昭和35年)~1987年(昭和62年)、1992年、2005年

15、第四階段(その2)

  →1988年、1995年、2009年

16、テニスコート横にある防空壕

  →1961年(昭和36年)~1964年(昭和39年)、1972年、1984年

17、4時42分に映る屋上の人影

  →1980年(昭和55年)~2000年(平成12年)

18、4時42分の屋上にいる口裂け女

  →1983年、1984年、1985年

19、焼け焦げた卒業写真

  →不明(戦時中)~1980年(昭和55年)

20、学校裏の閉じた井戸

  →1987年(昭和62年)~現代

21、放送室で夏休みの閉じ込められた少女

  →2001年(平成13年)~2004年(平成16年)、2006年、2009年

22、存在しない地下室

  →2000年、2001年、2003年、2006年、2010年、2012年、2018年

23、後をついてくる少女

  →2004年(平成16年)~現代

24、百葉箱の中のお札

  →不明(戦時中)~現代 ※出てこない年度もちょくちょくある。

25、図書室から校庭を見下ろす女

  →2014年

26、8月13日の合宿

  →1981年、1982年

27、七不思議の七つ目は知ってはならない。

  →不明(戦時中)~現代

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「キッチリとはハマらないけど、今まで関わった二件を考えると、引き継がれた七不思議の話がわかりそうだね」


 僕は出来たばかりのリストを指さした。


「既に『7、夜に聞こえるピアノの音→1、保健室のベッドに現れる奇怪な老人』と『5、首を取る鎧兜→2、笑う絵』はわかっている。これと同じ感じだと『泣き声がする写真→13、図書館にある題名のない本』と『19、焼け焦げた卒業写真→17、4時42分に映る屋上の人影』とか」


「そうね。あと古い話だけど『体育館の床の染み→14、第四階段(その1)』も繋がっている感じかな」


「え、でも『14、第四階段(その1)』の話は、87年の後にも92年と2005年に出てきているよ」


 僕がそう指摘すると鏡花は


「そうだけど、それまで連続して伝わっている話が、87年でいきなり途切れている。これ以降の怪奇現象が無くなったと見る方が自然じゃない?その後は、話だけ伝わったものが思い出したように七不思議として書かれているとか。卒業生に兄弟や親戚がいたら、昔の既に終わってしまった怪異が、話だけ伝わってもおかしくないでしょう?」


「なるほど、それもそうかもね。ところで『14、第四階段(その1)』の話はどの話に繋がるんだろう?『9、女子トイレの一番奥』か『20、学校裏の閉じた井戸』か?どちらもほぼ同じ時期なんだよね」


「『14、第四階段(その1)』と同じ年度で終わっているのが『6、演じてはいけない台本』だから、これがどちらかの元になるんじゃない?それと『14、第四階段(その1)』は『8、体育館の床の人型の染み』から引き継がれているんだと思う」


 そう言うと鏡花は既に書いてあった「出現リスト」の下に、今まで出た七不思議の関連を書き足していった。


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7、夜に聞こえるピアノの音 → 1、保健室のベッドに現れる奇怪な老人 (完了)

5、首を取る鎧兜      → 2、笑う絵 (完了)

4、泣き声がする写真    → 13、図書館にある題名のない本

19、焼け焦げた卒業写真  → 17、4時42分に映る屋上の人影

8、体育館の床の染み    → 14、第四階段(その1)

14、第四階段(その1)  → 9、女子トイレの一番奥、 20、学校裏の閉じた井戸 (未定)

6、演じてはいけない台本  → 9、女子トイレの一番奥、 20、学校裏の閉じた井戸 (未定)

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 僕は鏡花が書いたリストを見ながら、あまり言いたくない疑問を口にした。


「『9、女子トイレの一番奥』は『23、後をついてくる少女』に繋がると思うよ。でも『17、4時42分に映る屋上の人影』はどこに繋がるんだろう」


「そうね。『9、女子トイレの一番奥』は『23、後をついてくる少女』っぽいね。女子トイレについては『10、女子トイレの花子さん』の話があるから保留にしてたんだけど、そう考えても良さそうね」


 そう言うと鏡花はリストの一番最後に書き入れた。


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9、女子トイレの一番奥→23、後をついてくる少女

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「『17、4時42分に映る屋上の人影』か……これはどこに繋がるのか……」


 そう呟く鏡花の様子を、僕は盗み見るようにチラっとだけ見た。

 実は僕には予想があった。

 この一覧で見れば『21、放送室で夏休みの閉じ込められた少女』のはずだ。

 ただ記録の中に現れる回数が少ないし、連続しているのも4年程度だ。

 他の七不思議ほどハッキリとはしていない。


 だがそれが言いたくない原因ではなかった。

 僕はこの話が……嫌いなのだ。

 怖い、と言ってもいい。


 絶対に声が外に伝わらない放送室に、完全に閉じ込められてしまう。

 そしてそれは夏休みが終わる四二日後まで解放されることはない。

 その時の絶望と、ジワジワと迫りくる恐怖を考えると、僕は吐き気さえ覚えてしまう。


 なおこの話は作り話である事はわかっている。

 色んな学校に伝わっている七不思議で、出所は昭和五十年代にラジオかテレビで放送された怪談らしい。

 また「放送室に閉じ込められた少女が餓死」なんて事件があれば、それが新聞などに載らないはずがない。

 それは既に調べてあった。

 どの新聞にも、また学校の文集や日誌にも、そんな記録は無かった。

 だからこの『21、放送室で夏休みの閉じ込められた少女』は、100%デマだと言える。


 それでも……僕はこの話が怖いのだ。

 身体の奥から震えるような恐怖を感じる。

 そんな僕の様子を知ってか知らぬか、鏡花は口にした。


「まずは『4、泣き声がする写真→13、図書館にある題名のない本』から当たってみましょう。この中では一番ハッキリしているし、怪奇現象も今でも続いている。それにここは図書室だしね」

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