第15話 笑う絵(中編2)

 翌日、日曜日。

 僕は九時に和泉中学に併設している図書館に行った。

 少し遅れて鏡花もやって来た。

 昨日、保田に行った帰りの電車の中で、この時間に図書館で落ち合う約束をしていたのだ。


 こちらにも「和泉中学百年史」が置かれている。

 それを開くと、すぐに鎧兜のページに行き当たった。写真付きだ。

 白黒の写真で画像も荒かったが、素人の僕が見ても、かなり立派なものだと言うことがわかる。

 そこには「大鎧」となっていた。

 造りから判断して鎌倉時代末期から室町時代初期となっている。

 兜の装飾品が破損していたり、胸部を保護する「栴檀の板」と呼ばれる部分が紛失していたり、また全体的に傷なども多いが、確かに欲しい人には大金を払っても手に入れたいものかもしれない。


「やはり来歴や由来なんかは不明となっているわね」


 鏡花の言葉に僕はうなずいた。


「うん、でも昭和三五年に校舎を建て替えた時から飾られていたんだね。ここに『旧校舎を取り壊す時に倉庫から発見された』って書かれている」


「でもそうなると、誰が『首を取る鎧兜』って名付けたの?来歴がわからないんじゃ『首を取る』なんて事件があったかどうか、わからないじゃない」


「若月さんの事件は?借金で首吊り自殺して、さらに首が落ちたって言ってたじゃない」


「それは名付けられた後の話でしょ」


 そんな話をしていると、堀口さんが僕達を見つけて近寄ってきた。


「おはよう、早いわね。昨日は若月さんの所に言ったんだって。話は聞けた?」


「あ、はい」


「ありがとうございました」


 僕達はそれぞれ返事を返した。


「それで今度は何を調べているの?」


 堀口さんは僕達が見ているページを覗きこんだ。


「あ~『首を取る鎧兜』か。やっぱりね。上級生の中には『若月さんの家が学校の財産を持ち去った』って騒いでいる人もいたからね」


「知ってたんですか?」


「堀口さんは見たこと無いんですか?」


「まぁね、私が入学した時には、もう鎧兜は貸し出された後だったしね。写真で見たのと、七不思議の話だけ聞いたくらいね」


「この鎧兜が『首を取る』って言われる所以って何ですか?」


「何かそういう事件が実際にあったんですか?」


 堀口さんは少し考え込むように腕を組んだ。


「私も話で聞いただけなんだけど、この鎧兜が旧校舎から発見された時、生徒が兜を被ってみたんだって。そうしたら数日後、その生徒がダンプに轢かれて亡くなったんだけど、首が胴体から千切れていたそうよ。その時、事故現場を見ていた近くの老婆が『首取りの鎧兜の祟りじゃ』って言ったんだって。どうやら昔から、鎧兜の話は伝わっていたみたい」


「若月さんが言っていたんだけど『安西某』という武将のものだった、という話はどこからですか?」


「それは文芸部の先輩が言っていただけよ。鎧兜が発見された時に一緒に『巻き貝の形の飾り』があったって言われているから。文芸部のその先輩は歴史好きでね、巻き貝をあしらった家紋は、安房国の安西氏だそうよ。でも実物は誰も見てないから、証拠は何もないんだけどね」


 そして堀口さんは書棚の一番奥の方を指差すと


「興味があるなら、あそこの書棚に歴史や郷土史関連の本があるわよ。関東の歴史関係は大体揃っているから」


 そう言うと、受付カウンターの方に戻って行った。

 僕達はさっそく千葉県、特に南房総の歴史や郷土史に関する本を読み漁った。

 既に昼も大分過ぎた頃だ。

 僕はそろそろ大分飽きかけていたが、鏡花は手元の新書サイズの本を手に


「これかな?」


 と、僕の方に差し出した。

 書籍名は「房総の昔話」だ。

 その中の「第六章、古老に聞いた残酷な話」に「国も首も取られた安西景将」という話があった。


昔、房総の地は安西氏、神余氏、丸氏、東条氏が互いに争い合っていた。

そこに結城合戦で破れた里見義実が房州に逃げ延び、安西家に匿われていた。

だが里見氏は密かに仲間を集め、神余氏、丸氏、東条氏を滅ぼして自分の領地とし、ついには自分を保護してくれていた安西氏まで攻め滅ぼして、安房一国を全て支配した。

安西氏の一族は仕方なく里見氏の家来となったが、安西景将だけはそれを良しとせず、里見氏に反抗を企てた。

しかしそれは失敗し、安西景将の一族は景将の目の前で女子供に至るまで、全て殺された。

一番最後に、鎧兜をつけた戦装束のままの安西景将は、里見氏によって兜のまま短刀で少しずつ首を切られた。

この時、安西景将は血の涙を流したと言う。


「ずいぶんと凄惨な話だね」


 読み終わった僕がそう言うと


「戦国時代って、こういう残酷な話が日本中に残っているの。もっとも世界中でもっと残酷な話もたくさんあるんだけどね」


 と鏡花は答えた。


「この安西景将って武将が『首を取る鎧兜』の持ち主だったってこと?」


 鏡花はかすかに首を傾げた。


「それはわからない。その可能性もある、ってくらいかな。似たような話は、それこそ日本中にあるだろうし」


 その後に彼女はボソっと付け加えた。


「せめてその鎧兜があれば、ね」


 僕がその言葉の意味を聞こうとした時、先に鏡花が切り出していた。


「今ある七不思議は『笑う絵』の話よね。まずはあの絵が本当に笑うかどうか、確かめてみない?今日は日曜だけど、美術の近藤先生も堂明院先生も、部活で学校にいるはずだから」

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