第14話 笑う絵(中編1)

 翌日は土曜日だ。学校も休み。

 僕と鏡花は千葉に向かう総武線快速・君津行きに乗っていた。

 昨夜九時過ぎに堀口さんから連絡があったのだ。


「若月さん、合ってくれるって。明日がちょうど都合がいいみたい。そっちの予定はどう?」


 僕には特に予定は無かった。鏡花次第だ。

 鏡花も明日でいいと返事をしていた。


「わかったわ。じゃあ明日の午後一時十五分に保田に到着するってことでいいわね。若月さんが保田駅まで迎えに来てくれるって。本当は断られるかと思ったんだけどね」


 そこで僕達は今、十二時三一分に君津に到着する列車に乗っている。

 保田には十三時十五分に到着する予定だ。

 君津駅でJR内房線に乗り換える。

 保田駅には十分遅れで到着した。


 しかし……駅前には何もないところだ。

 小さな喫茶店とよろず屋?が一軒ずつあるだけだ。

 若月さんは自動車で迎えに来てくれていた。


「駅のそばにはあんまり店はないから、道の駅でいいかな?」


 若月さんはそう言った。

 年齢的には四五歳のはずだが、第一印象は五〇歳くらいに思えた。

 だが話した感じや笑った感じは四〇前にも感じた。

 年齢不詳の人だ、

 若月さんは鏡花を助手席に乗せ、僕は後部座席に座った。

 分かりやすい人だな、と思う。


 近くにある道の駅というのは、かっては学校だった建物を再利用していた。

 校舎どころか机や椅子まで再利用している。


「『笑う絵』について聞きたいんだって?」


 若月さんはそう切り出した。

 目は鏡花の方ばかり見ている。

 そんなに女子中学生と話せるのがうれしいのか?

 確かに鏡花は人目を引く美少女だけど。

 僕は面白くなかった。


「はい、辛い事件をお聞きして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 そう鏡花は言った。

 まぁこの感じじゃ、聞き取りは鏡花に任せるしかないが。


「そうは言っても『笑う絵』については、僕はあんまり話せることは無いんだよ。僕の家にあったけど、その時は『絵が笑い出す』なんて無かったからね。学校に贈られた後に、その話は出来たんだろう。君も見たならわかるだろうけど、あの絵は口許に微笑を浮かべているようにも見えるからね」


「警備員の方が言うには、そんな微妙な笑い方ではないそうです。夜中にハッキリと口が耳まで裂けたかのような、不気味な笑い方をするそうです。相手を睨み付けて」


「そう言われてもなぁ、僕はそんなのは見たこと無いからなぁ」


 そこで若月さんはいったん言葉を止めて、コーヒーを一口飲んだ。


「これでも僕は霊感はある方なんだ。今まで『出る』と言われる所に行けば、大抵は見えていたしね。学校から持ってきたアレだって……」


 そこまで言った時、若月さんは急に言葉を濁した。

 だが鏡花は逃さず追求する。


「その『学校から持ってきたアレ』って何ですか?」


 若月さんは急に黙ってしまった。

 だが急に頭を抱えたかと思うと、激しくかきむしり始めた。


「あれは……あれは触れちゃいけないものだったんだ。あんなモノに親父が関心を持ったばかりに……母さんまで……俺も未だにこんな生活で……アレさえ家に持ってこなければ……」


 鏡花は静かに若月さんを見つめていた。

 何の表情も浮かべていないかのようだ。

 僕は周囲の気温が、急に下がっていくような気がした。


「アレはまさしく、言い伝えられていた通りのモノだった。そうだ、『首取り』だ。親父の最後は、首が千切れかけていた。業火の中で俺は見たんだ。親父の首が落ちるのを……」


 若月さんは、まるで僕達なんかいないかのように、一人取り付かれたように小さな声で呟き続けた。

 だがその内容は僕にははっきりと聞こえた。


「若月さんのお父さんが学校から強引に持ち出したものというのは『首を取る鎧兜』だったんですね」


 若月さんがハッとしたように、顔を上げた。


「すまない、醜態を見せてしまって……」


 そこで彼は再びコーヒーを手に取った。

 一気に残りを飲み干す。


「そうだ。親父が学校から持ち帰ったのは鎧兜だ。七不思議にある『首を取る鎧兜』だよ」


 若月さんは思いを吐き出すよう言った。


「あの鎧兜は戦国時代に作られたもので、かなり精巧で良く出来たものだったんだ。本来なら重要文化財に指定されてもおかしくないくらいだ。ただ今まで持ち主が嫌って蔵なんかに仕舞いこんでいたから、日の目を見なかったけどな。あの手の武具や歴史好きには、たまらないものらしい」


 そこで若月さんは目線を僕達に向けると、強い調子で言った。


「でも俺は反対だったんだ。初めてアレを見た時、俺には見えたんだ。兜の中に切られた首だけが浮かんでいて、コッチを睨んでいるのが!」


「その鎧兜の由来と言うのはわかりますか?」


 そう聞いた鏡花に、若月さんは小さく首を左右に振った。


「わからない。和泉中学に持ち込まれたのは一九六〇年、昭和三五年だって記録はあるが、誰から、どこから持ち込まれたものかはわからない。ただ、誰が言い出したかは不明だけど”安西某”という武将のものだと伝えられている」


「今、その鎧兜はどこに?」


 僕が初めて質問した。


「どこに行ったか、わからない。家事はある程度で食い止めたはずなんだが、後から見つからなかったんだ。焼失したのか、それとも誰かが持ち去ったのか?」


 その後、しばらくして僕達は道の駅の喫茶店を出た。

 それ以上は若月さんも知っている事はないし、電車は一時間に一本しか無いため、十六時四二分の電車を逃す訳には行かなかった。

 帰りも駅まで若月さんが送ってくれた。

 保田駅で別れる時に若月さんが言った。


「和泉中の後輩が七不思議の事を調べてくれるのはうれしいけど、あんまりこの事に深入りしない方がいいよ。昔から七不思議の事を追っていて、行方不明になったり不幸に陥った人は、何人もいるらしい。僕だって未だに定職も無く、アルバイトや近所の人の手伝いでやっと生きているくらいだ。今だって……」


 そう言うと若月さんは、周囲を気味悪そうに見渡した。


「間もなく一番線に内房線各駅停車、千葉行きが参ります」


 駅のホームから列車が到着するアナウンスが聞こえた。


「それじゃあ、さようなら。久しぶりに人と話せて、楽しかったよ」


 若月さんはそう言って、片手を上げた。


「こちらこそ、ありがとうございました。失礼します」


 僕と鏡花はそう言うと、改札口を通って行った。

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