第13話 笑う絵(前編2)

「このままクラスに戻るの?」


 僕が聞いた。

 鏡花は僕の方に少しだけ顔を向け


「そうね、ちょっとキリが悪いかも。もうちょっと調べた方がいいかもね」


 と同意してくれた。


 いつも通り、まずは生徒展示室へ向かう。

 文集やクラスの日誌を取り出して、二人で読み始める。


 目指す「笑う絵」の七不思議はすぐに見つかった。

 平成六年の日誌が初出だ。

 聡美のノートに通り「美術室にある絵が、夜になると笑って見える」と言うものだった。

 だが日誌には予想以上の情報が書き込まれていた。


「あの絵はWさんの呪い?」


 僕は鏡花にその部分を見せた。


「はっきりした名前はわからないけど、ここにイニシャルで「Wさん」って書かれている。それほどの資産家が破産したなら、また過去の新聞を調べるなら、はっきりした名前もわかるんじゃないかな?」


 すると鏡花の方も僕に読んでいたファイルを見せてきた。


「私も見つけた。平成二年の学級便り。その中にある生徒の意見記事が出ている」


 僕は彼女が開いたページを見た。


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学校の歴史ある資産は誰にもの?

三年C組 滝田博子

今回、私たちの校舎が新しく立て替えられました。

新校舎はキレイで防災上も十分配慮され、安心して学校生活を送ることが出来ます。

これは非常な喜びです。

これも色々な方々や卒業生のご尽力のお陰と聞いており、生徒一同大変感謝しています。

しかしその中で一部の方が、学校施設の拡充のための寄付と引き換えに、学校に古くから伝わる貴重な品を強引に持ち出したと聞きました。

こんなことがまかり通ってよいのでしょうか?

学校にある品々は、どれも私たちが先輩から代々受け継いできた貴重な文化財であると言えます。

その一つが設備拡充のためとは言え、特定の個人が持ち出す事は到底許されないと思います。

学校側は一刻も早く、貸し出された文化財の返却を求める必要があると思います。

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「この持ち出された”文化財”って何だろう?」


「予想つかない?」


 鏡花はちょっとだけ楽しそうにそう言った。


「何だよ、わかってるんなら教えてよ」


 僕もちょっとだけ不満そうな顔をした。

 鏡花は首を左右に降った。


「もう少し調べましょう。この後の記録を調べればたぶんわかるはず」


 僕達は渡り廊下を通って、隣接する図書館へ向かった。

 やはり受付の司書さんに頼んで平成五年と六年の新聞の縮刷版を出してもらう。

 その女性の司書は


「あなたたち、和泉中学の生徒でしょ?こんな時間に図書館に居ていいの?」


 と軽く咎めるように聞いてきた。

 僕達は返答もうやむやに、さっそくその縮刷版の記事を調べ始めた。

 その記事もすぐに見つかった。平成六年三月六日の記事だ。


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千代田区で一家心中

五日深夜、千代田区和泉本町で火災があった。

火災があったのは若月良介さん宅。幸い長男の秀一君が出火を確認し、すぐに消火を行ったため大事には至らなかった。

しかし良介さんと妻の和子さんは既に死亡していた。

和子さんは絞殺されており、良介さんは首を吊っており遺書もあることから自殺と見られている。

若月良介さんは、多額の借金を抱えており、住んでいた住居も三月中に競売にかけられる事が決まっていた。

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「この事件が発端だったんだね」


「そうね。このバブル崩壊の当時って、都市部やその周辺地域の土地を持っている人は、みんな投資に注ぎ込んでほとんど散財したって聞くから。それで若月さんが借りていった何かの代わりに、あの絵が学校に寄贈されたってことね」


「そうだね、でも名前はわかったけど、ここから先はどうするか?」


 そう行って机の上に広げてあった「笑う絵」のコピーを見た。

 これも鏡花が持ってきたものだ。


「いま『若月さん』って言った?」


 不意に背後から話しかけられた。

 振り替えると、先ほどの司書さんがいた。

 司書さんは、机の上に置かれた「笑う絵」のコピーを見ていた。


「もしかして『和泉中の七不思議』を調べているの?」


 司書さんがそう聞いてくる。

 胸の名札には「堀口」と書かれてあった。


「笑う絵って、美術室にある絵?」


「知っているんですか?」


 思わず僕はそう聞いていた。


「その絵が学校に寄贈された経緯を知りたくて調べているんです」


 堀口さんは顔を上げる。


「悲惨な事件よね。この若月さんの息子さんって、私が和泉中の文芸部にいたときの先輩なの。可哀想にお父さんがお母さんを殺して心中だなんて」


「長男は生き残ったって新聞にありますけど?」


「ええ、その先輩は一人だけ無事だったわ。ただ土地は借金のために差し押さえられていたから、母親方の親戚の家に行ったわ。私も、文系部のみんなと一度だけ励ましに行ったからよく覚えている」


「その人、今はどこにいるかわかりますか?お話を聞きたいんです」


「千葉県の保田だった。鋸山の近くよ。でもいきなり直接訪ねるのは良くないわ。私から若月さんに一回メールしてあげる。メールアドレスは知っているから」


「ありがとうございます」


 僕達は礼を言った。

 でも堀口さんは、なぜここまで僕たちにしてくれるのだろうか?


 そんな疑問を察したように堀口さんが言った。


「いいわよ。あなた達、和泉中の七不思議を調べているんでしょ。実は私たちも当時は七不思議を調べていたの。文芸部の第三版は『和泉中学七不思議特集』だったのよ。文化祭ではすごい人気だったんだから。最後は先生に「こういう事は止めるように!」って怒られちゃったけどね。その意思と継いでくれている後輩がいるなんて、何だかうれしいわ」


 そう言って、僕達と堀口さんはメールアドレスを交換した。

 フルネームは堀口早苗。

 ついでに彼女達が作ったという「和泉中学七不思議」の冊子も持ってきてくれると言う。

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