第6話 音楽室の怪(前編2)

 同じ日の放課後、僕達はやはり生徒展示室にいた。

 二人で過去のクラスの文集や日誌などを調べていた。

 大半が他愛もないクラスの話や運動会や修学旅行などの話だが、時折「怪談好きの生徒」が七不思議について書いてくれている。

 その割合は二~三か月に一回くらいで出て来る。

 他の学校と比べてみた訳ではないけれど、これは非常に高い頻度ではないだろうか?

 この生徒展示室には、過去三十年分の資料がある。

 それより昔だと図書室横にある資料保管室に行かないとならないだろう。


「ふぅ~」


 一通り三十年分のクラス日誌に目を通した僕は、ノートを横に積み上げ、大きく伸びをした。もう五時近い。

 鏡花の方に目をやると、彼女はまだ文集を見ていた。

 だがこちらももうすぐ終わるだろう。


「全部見た?」


 鏡花が目線を上げずに聞いて来た。


「うん、さすがに日誌には七不思議については、そんなに書かれてないしね。ただ気付いた事と気になる点はあった」


「どんな?」


「ここにあるのは平成に入ってからの文集と日誌だよね。そこには『夜に聞こえるピアノの音』の話はほとんどなかった。あってもごく初期の方で二回ほど書かれていただけだ」


 僕は横に積み上げた日誌を軽く叩いた。


「他には?」


「何回か出て来る話と、ほとんど出て来ない話がある。あと保険室で何か事故だか事件があったみたいなんだけど……」


 鏡花は静かに文集を閉じた。

 まっすぐに僕を見る。

 既に教室内はオレンジ色の夕日が差し込んでいた。

 あと三十分もしない内に下校放送が流れるはずだ。

 オレンジ色の夕日のせいか、鏡花の輪郭が光に滲んでぼやけていくような気さえする。

 鏡花の唇だけが静かに動いた。


「その事件については、書かれてないの?」


「うん。日誌には『気持ち悪い事があった』『保健室閉鎖』としか書かれていなくて」


「それはいつ?何年の日誌だった?」


「平成二年の一月だった」


 鏡花は文集と日誌をまとめ始めた。

「もうすぐ下校時間よね。でも図書館はまだ開いているはずでしょ。その時の新聞記事を見てみたい」


 僕達は渡り廊下を通って、隣接している図書館に向かった。

 和泉中学には通常の図書室以外に、一般の人も入れる区立図書館と校舎が繋がっている。

 これも経費節約ってヤツになるらしい。

 よって渡り廊下は午後六時に閉鎖されるが、図書館の方は閉館が午後八時だ。


 司書の人に頼んで、平成元年と平成二年の新聞の縮刷版を出してもらう。

 インターネットでも調べられそうだが、使い方が今一つわからないことと、平成初期なら縮刷版を見た方が解りやすいと思ったのだ。

 平成二年の一月の新聞をパラパラとめくっていく。

 目指す記事はすぐに見つかった。地方版の紙面だ。


「これね」


 鏡花が白くほっそりとした指で記事を指さす。


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―中学校内で浮浪者凍死―

十七日、千代田区立和泉中学校の裏門近くで、身元不詳の浮浪者と思われる老人男性が凍死していた。

男性は前日に中学校内に侵入し、保健室のベッドで眠っていたところを警備員により発見され、校外に退去させられた。男性はその後も中学校裏門にて夜を明かそうとしたが、先週からの急な冷え込みのため、凍死したものと思われる。男性は度々保健室のベッドを利用していたらしく、それに気づいた学校側から警備員に夜の警備を厳重にするように依頼があった。警備員によると男性は「ヨ××カ」と名乗ったらしい」

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「うん、時期から見ても間違いない。『気持ち悪い事があった』『保健室閉鎖』はこの事件の事を言っているんだ」


 僕はもう一度記事に目を通して、他に情報はないか探してみた。

 が、これ以上は何も書かれていない。


「この事件があったから『保健室のベッドに現れる奇怪な老人』の話が出来た、って筋書きかな」


「それとも、この老人の霊が保健室に地縛しているのか……」


 その鏡花の言い様に、僕は背筋がゾクっとした。

 まるで彼女は霊のことを知っているかのようだったから。


「この老人は、保健室から自分を追い出した警備員や学校を恨んでいるってこと?」


 僕がそう聞くと、鏡花は微かに笑みを浮かべた。


「恨んでいるから地縛霊になるとは、必ずしも限らないんじゃない?」


 その日はそこで調査は終了とした。

 僕は家に帰ってからも、ずっと七不思議について考えていた。

 とりあえず一つは片付いた。


 平成二年の一月、「ヨ××カ」と名乗る浮浪者が和泉中の裏門で凍死した。

 その浮浪者は寒い夜は和泉中の保健室のベッドを利用していたらしい。

 そこを警備員に見つかり、追い出された。


「その事件を生徒が知って、『保健室のベッドに現れる奇怪な老人』の話が生まれた、か」


 僕は誰に言うでもなく、そう呟いた。

 何か腑に落ちない気がする。


 怪談好きな中学生が、いかにも考え着きそうな話だが「七不思議」として語り継がれるには弱いような……

 この老人の怨念というか執念が感じられないのだ。

 そもそもこの老人は、なぜ和泉中の保健室に忍び込んでいたのか?

 ただの偶然か?

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