第7話 音楽室の怪(中編1)

 翌日。

 二時間目が終わった時点で、鏡花は席を立つと前日と同じように僕をチラっと見て、教室を出て行った。

 今度は生徒展示室へは向かわない。隣接している図書館でもない。

 急ぎ足で彼女に追いつくと僕は聞いた。


「どこに行くの?」


「図書室」


「学校内の?」


「そう」


 そこまで言えば鏡花が何を考えているかわかる。

 資料保管室にある平成元年以前の文集などを調べる気だ。


「次の授業が始まるまでに戻って来れないよ」


 そう心配する僕に対して


「私は大丈夫。不安なら教室に戻っていていいわよ」


 と振り向きもせずにそう言って、スタスタと図書室へ歩いていく。

 僕は何となく後ろめたい気がしたが、鏡花の事が気になって仕方が無かった。

 黙って彼女の後をついて図書室へ向かう。


 図書室には誰もいなかった。

 鏡花はカウンターの内側に入ると、そのまま資料保管室へ入って行く。

 資料保管室で「学校史」に関する棚から、全ての文集を取り出す。

 平成になる前で、昭和三十三年までの約三十年分の文集だ。

 ついでに「和泉中学創立百周年記念」のアルバムも取り出した。

 和泉中学は創立120年にもなる、都内でも1、2を争う古い中学校だ。

 百周年の時には、地域の人々や議員なども出席した壮大な創立記念会が催されたらしい。

 これによると現在の校舎は、戦後2回目に建替えられた校舎だった。

 戦前に建てられた校舎は戦禍を一部は生き延びたらしいが、昭和三十五年の高度成長期に鉄筋コンクリート造の近代的な校舎に建替えられた。

 その後、バブル景気と中学生人口の全国的な増加により、平成二年に旧校舎の一部は残してリフォームし、それ以外は新たに立て直して、図書館やコミュニティセンターを併設する現在の校舎に生まれ変わった。


 僕と鏡花は、誰もいない図書室で過去の文集を手分けして読み漁った。

 二人共、時間が経つのを忘れるほどだ。

 ふと気が付くと給食の時間も過ぎ、午後の授業が開始されている時刻だった。

 ようやく読み終わった文集を閉じる。既に鏡花の方は読み終わっていた。


「どうだった?」


 鏡花の方から先に聞いていた。


「生徒展示室にあった文集と同じ感じかな。何度か出て来る話と、あまり出てこない話がある。あと『夜に聞こえるピアノの音』は途中から入ってきてるね。昭和四十四年か四十五年くらいから」


「四十五年よ」


 鏡花は訂正するように言った。


「つまり時代によって和泉中学七不思議も移り変わっているってことか。やっぱり作り話なのかな?」


 すると鏡花は一冊の文集を取り出して、目の前に広げて見せた。


「これを見て」


 ガリ版で刷られた紙が、かなり黄色く変色している。

 かなり古いものだ。


「昭和三十三年、保管してある文集の中では一番古いものよ。ここに当時の七不思議が書かれているの」


 これを書いた人は几帳面な人だったのだろう。

 字がうまいだけではなく、丁寧に書かれてあった。


『和泉中学 七不思議

一、焼け焦げた卒業写真……古い卒業アルバムに「普通は見えない焼け焦げた卒業写真がある」

二、演じてはいけない台本……演劇部には「絶対に演じてはならない台本」がある。

三、血で書かれた手紙……卒業同時に学徒動員で出征した生徒の恨みの声が聞こえる。

四、持ち主が不幸になる自転車……終戦直後×××に殴り殺された生徒が乗っていた自転車。

五、体育館の床の染み……体育館の床に、どうしても消えない人がもがいているような形の染みがある。

六、欠け梅の木……校庭にある梅の木に「欠けた梅」が実る年は、不幸が起きる。

七、百葉箱の中のお札……触ったり動かしたりすると祟りがある。

その他、七不思議の七つ目は知ってはならない。


 鏡花は言葉を続けた。


「この中で『焼け焦げた卒業写真』『演じてはいけない台本』『体育館の床の染み』『百葉箱の中のお札』は、聡美さんのノートにも書かれている。単純な移り変わりではないと思う」


「そうか。でも誰かが創作して追加していった可能性も高いよね。とするとこの四つはホンモノってことかな?」


「断定はできないけど、残っている話と残ってない話の違いは気になるわ」


「残ってないのは『血で書かれた手紙』『持ち主が不幸になる自転車』『欠け梅の木』の3つか。あ、ちょっと待って」


 僕はそう言うと図書室の歴史関連の棚へ行った。

 その中にあった「千代田区の昔話」という古い本を取って来る。

 その本にあるページを開いて鏡花に見せた。


「ほら、ここに『欠け梅の木』の話がある。去年、聡美が「千代田区周辺の台地について」で一緒に調べた時に見たんだ。これによると”この付近で水害のために堤防を作ろうとしたがうまくいかず、お告げにより人柱を立てる事となった。その時に通りがかった旅の座頭を人柱にした。座頭は食べかけ梅を持って埋められた。その後、この場所に『欠け梅の木』が生えるようになった”って話がある」


 鏡花はそのページを覗き込んだ。


「江戸時代初期の話ね」


「うん。この辺は大昔は入江だったからね。神田明神が海辺にあったって言うくらいだから。埋め立てられたのはそのくらいのはずだ」


 考え込むような様子の鏡花に、僕はさらに言った。


「この話が元になって『欠け梅の木』の話が作られたんじゃないかな?でも校舎を建替えた時に校庭にあった梅の木も切られた。だから現在にはこの話は残っていないんだと思う」


 鏡花はまだ考え込むような表情をしていた。

 一瞬、僕には彼女の姿が霞むような気がした。

 あわてて目をしばたたかせる。


「わかった。その件はそこまでとしておいて『夜に聞こえるピアノの音』については、どう考えるの?」


「何とも言えない。でも昭和四五年からその話が出て来ることは確かなんだ。そして平成になると、あまり出てこなくなる。この違いは何なんだろう」


 鏡花は「7、夜に聞こえるピアノの音」のコピーを取り出した。


「このノートによると、この話は二つの由来があるのよね。一つが『貧乏な少女がピアノが買えなくて毎日放課後に音楽室でピアノの練習をしていた。ある日、遅くなった時の帰りに変質者に殺された』。もう一つは『一人で残っていた少女が、学校内に侵入して来た変質者に殺された。死体はグランドピアノの中に隠された』。状況は違うけど、どちらも『変質者に殺された』って所は同じね」


 僕はまたもや背筋がゾクっとした。

 いや、昨日よりもゾクゾク感が強い。首の後ろの毛が総毛立つようだ。


「つまり『少女が変質者に殺された』ってことは事実で、その怨念がこの話だってこと?」


「まだそう結論づけるのは早いんじゃない?」


 そう言うと鏡花は、三十年分の文集を片付け始めた。


「もしこの元の話が事実なら、やっぱり当時の新聞に記事が出ていると思う。それを確認したい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る