第9話 音楽室の怪(中編3)
僕は少し考えて「あっ」と小さく声を上げてしまった。
平成二年一月、和泉中の保険室から追い出され裏門で凍死した浮浪者。
名前は確か「ヨ××カ」と。
「あの浮浪者の名前……ってこと?」
「それだけじゃない、日付・・・」
鏡花は女性が殺された記事を開きなおし、日付を指さした。
記事は一月一九日のものだが、女生徒が殺されたのは一月一七日だ。
浮浪者が凍死したのも一月一七日。
「まさか、偶然の一致・・・?」
僕がそう呟くと鏡花は
「もう一度、学校の資料保管室に行ってみましょう。確認したいことがあるの」
と言って立ち上がった。
学校の図書室に戻った僕らは、昭和四十三年度から四十八年度までの卒業アルバムを取り出した。
当時の卒業アルバムの最後には、生徒名簿と一緒に当時の先生方の写真と住所一覧が載っていた。
今では個人情報の観点から考えられない事だが。
鏡花が全ての年度の教師の住所一覧のページを開く。
「見て。米岡先生の名前は四三年度と四四年度には載っているけど、四五年度から載っていない」
確かに「米岡恒之」の名前は昭和四四年度までは載っているが、四五年度からは載っていない。
「つまり昭和四五年度から、別の学校に転任になったか、教師を辞めたか、ってこと?」
「問題は『米岡教員が単なる転勤だったのか、それとも何らかの事情で自分からこの学校を去ったのか』ってこと」
鏡花の眼が怪しく光った気がした。
背筋がうすら寒い感じがする。
鏡花が考えていることは、僕にだって予想できる。
「米岡先生が、この女生徒殺害に関与していると……」
「あくまで想像だけど……」
空気がピリピリと電気を帯びているような緊張感が漂う。
「昭和四十四年一月十九日、米岡教員は一人で宿直当番をしていた。そこに川中由紀子が居た。彼女はおそらく帰宅せずに音楽室に残っていたんだと思う。何があったかはわからないけど、川中由紀子は米岡教員に殺害された」
僕は鏡花の言葉を聞きながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「そこへ彼女の父親が学校に娘を探しに来た。米岡教員は慌てて彼女の死体をグランドピアノの中に隠し、何食わぬ顔で父親と一緒に彼女を探すフリをした。音楽室などは意図的に捜索の手を抜いたのかもしれない」
僕は沈黙しているのが耐えられず、自分から先に彼女の言葉の続きを語った。
「その後で校舎の近くにいた浮浪者のリヤカーに彼女の死体を隠し、自分が後からそれを発見したように見せかけて、浮浪者に罪を擦り付けたと?」
「殺された川中由紀子にしてみれば、我慢できない結果でしょうね。自分を殺した男が、別の人間に罪を被せて、それで賞賛を浴びているなんて」
そう語る鏡花の雰囲気が、徐々に恐ろしいものに変わっていくように感じるのは、僕の気のせいなのか?
「でも、それって影見さんの想像だけだよね。証拠も根拠も何もない」
僕はその雰囲気を打ち消したくて、あえてそう言った。
「そう、最初に言った通り、これは私の想像。でも話は結び付く……」
鏡花は静かに目を閉じて言った。
一呼吸置いて目を開くと、その先の”想像”を語った。
「なぜ米岡教員はその翌年でこの中学校を去ったのか?なぜ川中由紀子は音楽室の地縛霊となったのか?なぜ浮浪者となった米岡が凍死することにより『夜に聞こえるピアノの音』の話は無くなったのか?」
「米岡先生は自分が犯した罪から逃れようと、この学校を去った。だが恨みが解消されないどころか殺人犯が賞賛される状況が、川中由紀子を地縛霊にした。そしてその米岡先生が凍死したことにより、その恨みが晴れて『夜に聞こえるピアノの音』の話は無くなった」
僕はそう答えた。だがどうしても払拭できない疑問点がある。
「それならば浮浪者となった米岡先生は、なぜ度々この学校の保健室に潜り込んでいたんだ?出来ればそんな場所には二度と近寄りたくないはずだ」
そう問いかける僕に、鏡花は怪しく笑っていった。
「殺人犯は必ず殺人現場に戻ると言うわ。それとも……」
「それとも?」
「川中由紀子の霊に引き寄せられたか……」
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