第10話 音楽室の怪(後編1)

 翌日……。

 僕と鏡花は保健室にいた。

 時刻は午後六時二十分。下校放送は二十分前に流れている。

 既に保険室の中は暗い。電気は点けていない。

 鏡花は一番窓側のベッドに寝ていた。

 だが頭まで布団を被っていて、顔などは見えない。

 僕はその二つ離れたベッドに腰をかけていた。

 ベッドを仕切るカーテンの影に隠れ、鏡花のいるベッドの方からも注意して見なければわからないはずだ。


 昨日、図書室で「米岡教員真犯人説」を論じた後、僕達はすぐに学校を出た。

 鏡花が


「この説を検証したい。その準備をするから実行は明日の夜、保健室で行う。うまく行けば、七不思議の一つは解消できるかも」


 と言ったためだ。


 日中、鏡花はクラスにはいなかった。

 だが誰もそれを話題にする者はいない。


 僕は約束の午後五時に保健室に行った。

 既に鏡花は来ていた。

 鏡花は一番窓際のベッドの周辺に、水を入れたコップを六つほど取り囲むように置いていた。

 またベッドの上には縦四〇cm横三〇cmほどの四角いものが、白い布に包まれて置いてあった。


「何してるの?」


 そう問いかける僕に、鏡花は顔を向けずに答えた。


「この保険室に現れる老人の霊を呼び出す。その正体を確かめるの」


「霊を呼び出す?そんなことで『川中由紀子殺害事件の真犯人』の証拠になる?幽霊を尋問でもするつもり?」


 呆れた様子でそう言った僕に、鏡花は顔を向けると少しだけ冷たい感じの目で見た。


「証拠なんて出せる訳ない。五十年も前の事件だし、相手は既に死んでいるのだから。ただ私が納得できる答えが欲しい。それと昨日も言ったけど、うまく行けばこれで七不思議の一つが解決できると思う」


「米岡の霊を成仏させる、ってこと?」


「成仏って言うより消滅に近いかもしれないけど」


 そこまで聞いて、僕はベッドの周りに置かれたコップを指さした。


「これは何のおまじない?」


 盛塩なら魔除けでわかるが。

 鏡花はチラっと僕が指さした方を見た。


「これは霊が現れやすくするため。霊が現れやすい場所ってのはあると思うの。その人が死んだ場所、関わりがあった場所、思いを残している場所。それ以外にも暗い所とか色々あるでしょう。水がある所もその一つ」


 なるほど、言われてみれば……僕はそう思った。

 海辺や川辺、滝に淵に井戸。幽霊が出る場所って何となく水と関係するイメージがある。

 墓場だってジメっとした雰囲気だ。


 準備が整ったのか、鏡花は僕を離れたベッドに座らせると、こう言った。


「私は一番窓際のベッドに寝てる。あなたはここに居て、カーテンの影から様子を見ていて。決して声を出したり、音を立てたりしないように」


「わかった」


 その僕の返事を聞くと、鏡花は一番窓際のベッドに戻り、布団の中に潜り込んだ。

 そうして長い沈黙の時間が流れて行った。


 もうどのくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 既に部活動も終わり、全ての生徒が下校している。

 学校全体が沈黙していた。

 まだ職員室には先生方が残っているはずだが、それもいつまでだろうか?


 窓から街路灯の光が差し込んで来る。が、その光も弱い。

 駅周辺は店や人通りも多くかなりの明るさだが、和泉中学のある周辺はちょうど駅と駅との中間にあたり、この時間になると人通りは多くない。

 周囲はオフィスが入った雑居ビルが多いが、最近の景気状況のせいか、オフィスも電気が消えるのが早いようだ。

 おそらく時刻は午後9時くらいではないだろうか?

 途中まで、窓から入る光で壁に掛かった時計の文字盤が読めていた。

 その光が消える直前が午後八時だった。

 あれから一時間は経過したと思う。


 鏡花は、窓際のベッドで布団を被って寝ているはずだが、まったく身じろぎもしない。

 寝息もしないし、人がいるとは思えないくらいだ。

 薄気味悪かった。

 それと同時に、自分が何をやっているんだろう、と言う思いも沸き起こって来る。

 こんな事で七不思議の謎なんて、解けるのだろうか?

 時々、くだらないとさえ思えて来る。

 だが七不思議の謎を解くことだけが、聡美を見つける手がかりなのだ。

 そして僕が言い出した事で、鏡花はそれに協力してくれている。

 僕が投げ出すような態度は問題だろう。


 そこまで考えた時、僕はふと思った。

 鏡花はなぜ、七不思議の謎を解くことに協力してくれているのだろう。

 無論、僕が頼んだからではあるが、ここまで彼女が積極的に入り込んでくれるとは、予想もしていなかった。

 そして彼女の言葉の端々に「霊の存在を肯定する」発言が見られる。

 彼女は一体、何者なのだろうか?


 その時だった。

 一番窓際のベッドの上で、何かが動いたような気がした。

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