第3話 はじまり

 あれから二日が経った。

 僕は相変わらずクラスの雰囲気に馴染めずにいたし、鏡花に話しかける生徒もいなかった。

 鏡花自身も、他の誰かに話しかける事は無かった。

 まるで鏡花が存在していないかのようだ。


 最後の授業が終わった時、僕は意を決してまっすぐに彼女の席に向かった。

 昨日は一晩中考えていたのだ。

 鏡花に「秘密」を話すかどうか。


 普通の人なら「秘密」を聞いても、一笑に付すだろう。

 だが鏡花が聡美の件と無関係とは、僕にもどうしても思えなかったのだ。

 彼女は既に教科書などをカバンに入れ、席を立とうとしていた。


「あの、影見さん」


 僕がそう呼びかけると彼女は一瞬動きを止めたが、スッと顔を上げると

「なに?」

 と静かに聞いて来た。


「少し、話をしたいんだけど、いいかな?」


 そう言う僕に、彼女は視線を下げて伏し目がちにしながら

「少しなら」

 と言った。


「こないだ、聡美の話をしたよね。小島聡美。僕は幼稚園の時からの友達なんだけど……」


 僕は言葉を選びながらそう言うと

「それは聞いた」

 と鏡花は素っ気なく言った。


「影見さんは聡美にそっくりなんだ。それで無関係とは思えなくて……」


 まさか「記憶喪失になった?」とは聞けないので、僕はそう言ったのだが

「ふうん」

 としか彼女は答えなかった。


 僕は仕方なく、そのまま言葉を続けた。

「彼女は、聡美は去年の夏休み中に、行方不明になったんだ。その後、誰も彼女を見た人はいないんだ」


 鏡花はまっすぐに前を見ていた。

 僕を見ている様子はない。返事も無かった。


「実は聡美は、夏休みに入る直前に『秘密がある』って、僕に話していたんだ」


 そこで鏡花は僕の方を見つめると

「秘密って、どんな?」

 と聞き返してきた。

 どうやら関心を持ってくれたらしい。

 僕はちょっと焦った。

 鏡花が僕の話に関心を持ってくれた事が、ちょっとうれしくて、けっこう気恥ずかしかった。

 これから話す内容は、普通に考えたら馬鹿馬鹿しい話だからだ。


「夏休みに入る直前、聡美は僕に『もしかしたら変なことが起きるかも』って言っていたんだ」


*****


「もしかしら、変なことが起きるかも」


 聡美は半分面白そうに、でも半分不安があるように、振り返りながら僕にそう言った。

 中学二年一学期の終業式の日だ。


「変なことって、どんな?」


 僕は一応『興味がある感じ』を装いながら聞いた。

 聡美のオカルト好きは今に始まった事ではない。

 こういうネタを仕入れると、まず僕に話を聞かせたがる。

 僕はオカルトとか霊なんて信じていないが、これが聡美と2人っきりの話題のため、自分も興味があるかのようにいつも聞いている。

 そんな僕だから、聡美もこの手の話は僕にだけしてくれるのだろう。


「わたし、夏休みの自由研究のテーマは『和泉中学の七不思議』にしようと思っているんだ」


「七不思議?」


 さすがに僕もこれには疑問の声が出た。

 確かに自由研究のテーマは自由だが、そんなものが認められるのだろうか?


「最初は和泉町の郷土史にしようと思っていただけどね。でもウチの学校って歴史が古いじゃない。郷土史の中でもちょくちょく和泉中の事が出て来るんだよね。しかも七不思議の話まで。それでどうせならコレをテーマにしようと思って」


「それで変なことって?七不思議の祟りとか?」


 僕は「呆れている事」を察せられないように、出来るだけ真剣な声色で尋ねた。


「うん、まだハッキリは言えないんだけどね。でもウチの七不思議って変なんだよ。他のどこの学校にもある七不思議とちょっと違う感じなんだよね。」


「どんなふうに?」


「ハッキリ言えないんだけど、妙に生々しいって言うか……。それと型にハマってないところとか……」


 その時、聡美のスマホが鳴った。

 彼女は急いでカバンからスマホを取り出す。

 メールの着信らしい。

 聡美はスマホの画面をしばらく見ていると


「ゴメン、お母さんがすぐ近くまで迎えに来ているって!今日は一緒に買い物に行く予定なんだ。また連絡するね!」


 そう言って、僕達が帰る道とは別の方向に駆け出して行った。

 そしてそれが、僕が聡美を見た最後の姿だった。


*****


「八月九日から、聡美はいなくなった。聡美の家でも大騒ぎになった。僕はその前日から一週間、愛媛の祖母の家に行っていたんだ。そして帰ってきたら聡美から手紙が届いていた。聡美がそれを出したのは行方不明になった日だったんだ」


「それには何て?」


「聡美が調べた『和泉中学の七不思議の研究ノート』を隠した場所が書かれていた。聡美に何かあったらノートを見て、彼女の事を探して欲しいって」


 僕は目線を床に落とした。

 僕が帰って来たのは八月十六日。

 その手紙が配達されてから、既に六日が過ぎていた。


 そして帰って来るのとほぼ同時に聡美の母親から電話があり、彼女が一週間前から行方不明になっている事を知った。

 僕は急いで手紙に書かれていたノートの隠し場所へ行った。

 ノートはすぐに見つかったが、そこに書かれていたのは聡美がこれまで調べていた和泉中学の七不思議についてだけだった。


「聡美が最後に残した『自分に何かあったら探して欲しい』って言う言葉に、僕は未だに応えられていない。今まで色々と考えてみたけど、僕一人では無理みたいだ。影見さんは聡美にそっくりなんだ。他人とは思えないくらい。もし良かったら、この七不思議の事を調べて、聡美を探すことに協力してもらえないだろうか?」


僕がそう言うと、鏡花は小首を傾げて考えるような素振りをした。


……やはりこんな変で気持ち悪い話、協力する訳ないか……


 そう思って僕は落胆していた。

 しかし鏡花はしばらく目を閉じていたかと思うと、そっと顔を上げた。


「いいわ。七不思議を調べて、聡美さんがどうなったのか調べればいいのね。協力する」


 僕は驚いて鏡花の顔を見つめた。

 鏡花はそんな僕を見上げながら念を押すように言った。


「でも条件があるの。これが私が協力する絶対の条件。

一つ、三八日以内に解決すること。それを超えた場合はもう協力できない。

二つ、私が認める人以外に、他の人間を巻き込まないこと。七不思議の事は誰にも話さない。

三つ、私の家には絶対に来ないこと。

この約束、守れる?」


「わかった。守るよ。そのくらい」


 僕はコクコクと二回、首を縦に振った。

 聡美と七不思議について、これ以上自分の胸の内にだけ秘めていくのは、正直苦しかった。

 それを一緒に話し合える相手が出来た。

 それも聡美そっくりの少女にだ。

 僕は無性にうれしかった。


「まずはその聡美さんが残したノートを見せて貰える?どこにあるの?」


「この学校に隠してあったんだ。生徒展示室」


「じゃあこれからそのノートを見てみましょう。案内してくれる?」


 そう言うと鏡花は音も立てず、すぅっと立ち上がった。

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