第24話 流転
<これまでのあらすじ>
関東の晴天続きは、ひでり神によるものだった。夢童(むどう)達はひでり神本体を探して、見つけたら倒すことにした。
とある高校のグラウンドで、金属音が響く。
「さぁ、まだまだ行くぞぉ! ハハハ」
野球部の熱血コートが豪快に笑いながら、ノックを打っていく。そのコーチは丸太の腕、ゲジ眉とひょっとこ目、ライオン級の犬歯というインパクト大の見た目だ。
「も、もう、ムリです……」
最後の一人が倒れて、誰にも捕られないボールが転がっていく。コーチは鼻息荒くバットを振り回す。
「なんと、373球が限界とは! 情けないぞ、てめぇら!」
グラウンド上には、ただの屍のように野球部員が横たわっている。女子マネージャーは日陰のベンチで眠りこけている。
「ここの野球部もダメか。我の針千本ノックに耐えられる野球部はいないのであろうか」
コーチはあぐらをかいて、野球ボールをもてあそんでいる。
「あなたが各地で激しいノックを行っている日照(ひでり)さんですね?」
美しい女性が彼に声をかける。彼はささっと立ち上がり、大胸筋を張って答える。
「おうよ! 最後まで千本ノックが出来る野球部を探してんだ!」
「もし、誰かが千本ノックに耐えられたら、おとなしく封印されてくれますか?」
「封印? 貴様、もしや!」
彼は帽子を取って、アイスクリームのコーンに似た角二本をあらわにする。さらに全身に黒いケダモノじみた毛を生やし顔を般若みたく険しいものとする。
「我は久しぶりに暴れてんだ! こんな中途半端なところでやられてたまるか! 死ね、この女ぁ!」
彼は金属バットで彼女を殴ろうとする。だが、あっと言う間に毛むくじゃらの筋肉獣人が間に入り、バットを片手で受け止める。
獣人の筋肉によって、バットはバナナ状に折れ曲がる。役立たずになったバットは放り投げられ、彼は目と口をはち切れんばかりに開ける。
「グルルルル。アケビチャン、マモル」
オオカミが牙と歯茎をむき出してうなる。そして、かぎ爪を扇子のように見せつける。彼は腰を抜かして、小物の命乞いをする。
「こっ、殺さんから、やめてくれぇ! 我はただ、野球という、球技を、球技を楽しみたかっただけだぁ!」
「叶実ちゃん、もういいよ」
朱美の一言で、オオカミ女は地獄の番犬から柴犬に表情を変える。
「ウン、ワカッタ。トコロデ、こいつがひでり神?」
「そうよ。関東一帯をカンカン照りにしている元凶よ」
朱美は背筋をピンと伸ばして、名探偵のようにひでり神を指差す。
「さぁ、私達に倒されたくなかったら、早くこのカンカン照りを解除して!」
「ハハハハハハハ。そいつぁムリだな」
ひでり神は帽子をかぶり直して、ユニフォームの土を払う。
「我はこの国の神だ。妖怪なんかと違い、どんなことされても絶対に死なん。まっ、さっきは、初めてのオオカミ人間だから、情けない姿をさらしたが……。とにかく、この日照りも、我が満足するまでは終わらせない」
さっきの怯えた表情はどこへやら。ひでり神は威風堂々として、腕を扇風機みたく振り回す。またたく間に暑さが増して、二人は滝のような汗を流す。
「あづい、死にそう……」
「河童たちが言ってた通り、こいつは一筋縄じゃ行かない奴ね……」
叶実オオカミは舌、朱美はスポーツタオルで顔の汗をぬぐう。グラウンドの野球部員は干からびたミイラと化している。
「ねぇ、満足するまで終わらないってことは、何かに満足したら終わるってことでしょ。どんなことに満足したらいいの?」
ひでり神はバットを振って無邪気に答える。
「さっきも言っただろう。我の針千本ノックに耐えられる野球部が現れたら、日照りの術を解いておとなしくしてやろうぞ」
ひでり神たちは、とある河川敷にやってきた。そこには、水喜だけをつけた河童型の夢童と、青いワンピースを着た未巳子がいた。
「おいおいおい。野球部員はどこにいるんだ?」
「彼が一人で千本受けるの」
ひでり神は細マッチョな河童を見て、たくさん唾を飛ばして笑う。
「ハハハハハハハ! あんな奴が我のノックを全て受けるだと!? 死んでも知らんぞ」
「っるせ! つべこべ言わずに早く始めろ!」
「フン! 後でやめてと言っても、絶対にやめんからな。選手交代も認めん」
ひでり神の口撃を受けても、夢童はやや前傾姿勢で待ち構える。ひでり神は鼻歌交じりに、かついできた酒樽をバットで割る。中からは、大量の汚れたボールが出てくる。
「よっしゃあ、今から打つぞ。1球目!」
彼が打ったボールは、ロケットより速く夢童の横をかすめていく。
「はっ、速い」
「ゴラァ! 早く捕りに行けぇ!」
夢童は慌てて後ろのボールを捕りに行く。陸上での河童の体に慣れていないためか(そもそも、人間時も常に屋内プールでの練習)、途中で足がもつれるが、何とかボールを拾い上げてひでり神へ投げる。
「ヨシ! 次は2球目ぇ!」
再び、ひでり神が鋭い打球を放つ。
「125球目!」
依然として、ひでり神は元気にノックを続ける。一方の夢童は皮膚がしなびて、河童のミイラ寸前である。
「は、はーひ」
彼はボールに覆いかぶさって、うつぶせのまま動かなくなる。
「ゴラァ! 早く投げんと、ノック打ち切るぞぉ!」
ひでり神がバットをこん棒のように振って怒鳴る。
「夢童様、頑張って!」と、未巳子は合掌したままエールを送る。
「あたしが残りのノック、全部受けていい?」
「ダメよ。彼が一人でやると言ったんだから」
朱美は彼の勇気と根性を信じている。ひでり神が相手と聞いても、全く怯えなかった彼の顔が忘れられない。ただ、さすがに十分近く倒れるのはマズいと思い、優しい未巳子に変わってゲキを飛ばす。
「河部夢童! この程度のノックでダウンしてるようでは、オリンピックの金メダルは無理よ! あきらめなさーい!」
夢童は腕立て伏せの要領で起き上がり、ボールを捕って投げ返す。ひでり神はえびす様の笑みを浮かべて、ノックを再開する。
太陽は真上になり、フライパン上で焦がされる状況は続く。それでも、夢童は人に戻るため、関東に雨をもたらすため、ひでり神の針千本ノックを受け続けた。
(続く)
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