第23話 亜流

<これまでのあらすじ>

 朱美たちが河部夢童(かわべ・むどう)を河童の国から取り戻す作戦は失敗した。おやおや、夢童の結婚相手の未巳子(みみこ)ちゃんが何かカミングアウトするみたいですよ。





 未巳子はうつむき加減に話し始める。皆の視線が彼女に集中する。


「私は早く夢童さんと結ばれたくて、故意に日照りの時期を早めました」


 彼女は快晴の空を指差して、声量を上げる。


「どうです? この雲一つもない空っ! これはひでり神様のおかげです。ひでり神様が本気を出せば、日本なんてすぐに砂漠になります」

「ちょっ、ちょっと待たれよ。ひでり神は封印されたはずではなかったか?」


 彼女は北国の海の冷え切った目で、童悟を見つめる。


「お札を破って、解放してあげたんですよ。もうボロキレ同然のお札だったから、とても簡単に破れました」

「何てことを……、あなたのせいで関東一帯の人は苦しんでいるのよ!」

「それがどうしたっていうんです」


 彼女は朱美の言葉に全く動じない。むしろミュージカル女優のごとく立ち回って、威勢よく喋り続ける。


「私と夢童様が結ばれるなら、他の者がどうなろうと気にしません。人間や妖怪が関東から出て行ってくれれば、静かになって好都合です。私達は廃墟になった街を肴に、酒を飲み明かすでしょう。ああ、何て素晴らしき世界!」


 河童たちは口をあんぐり開けて、彼女の妄想にドン引きしている。朱美は大きなため息をついて、目をぎゅっとつむる。


「何だよ、それ! ってか、オレと結婚したいんなら、人間の女性の姿で現れてくれたら良かったのに。そしたら、こんな酷いことせずに済んだっぺ」

「そりゃ、私だって、人に化けようと頑張りましたよ! でも、人化の術はかなり難しいんです。猫や狸や狐と違い、私たち河童の中で人に化けられるのは、手で数えられるぐらい。年を経たら化けるのが易しくなると言われますが、その頃には私が醜くなってしまう!」


 彼女は近くの花をもぎ取って、花びらをちぎって飛ばしていく。


「そう。私は夢童様と美しいままで結ばれたいのです。あなた達には理解できないと思いますが」

「わかる、わかる。めっちゃわかるよぉ」


 あらぬ方から声が飛んでくる。声の方を向けば、金髪でピアスをつけた河童と狐獣人が近づいていた。


「好きな人以外は眼中に入らんくなる。うちもそういう経験あるから、あんたの気持ちようわかるで」


 キツネは未巳子の両肩をつかんで、教師と生徒の模擬関係になる。


「でも、人に化けたかったんなら、それを貫ぬかなあかん! 関東を砂漠にする前に、うちらの力を借りて人になるとか、魔女に頼むとか、色々あったやろ?」

「でも、今さら人になったところで……」


 彼女は口ごもってそっぽを向く。キツネの指から変化細胞スライムが出てきて、彼女の体を覆っていく。緑が人肌に侵食されて、口ばしが引っ込んで唇に変わる。


「おお、これは何と……」

「皆さん、どうしたんだ? ブフー!」


 意識を取り戻した童心が、未巳子の裸を見て鼻血を出して再び倒れる。彼女の体は、少しぽちゃっとした愛らしい人間と化した。彼女は目をぱちくりして、新しい部位を見つめる。


「先祖が人化したらしいから、人に化けやすかったみたいやね。ただし、水かかったら元に戻るから、気ぃつけてな」

「えっ? それでは、もう二度と水に潜れないんですか?」

「元に戻った時は、このキツネの変化細胞が詰まった薬、一粒飲んでらええ。お金は夢童君に払ってもらうから、気にせんでええよ」


 洋子は錠剤が詰まった丸底フラスコを彼女に渡す。錠剤には肉球マークが付いている。「お金」の件で彼女の顔は晴れ渡り、夢童の顔は曇りががる。


「これで夢童君は人間界に帰れて、彼女は夢童君と結ばれて、一件落着だね」


 河童たちは洋子に尊敬の眼差しを向け、カーテンコールの拍手を始める。洋子は選挙の候補者のように、あちこちに笑顔と手を振りまく。


「ねぇ、ちゃっと待って。ひでり神の件はどうするの?」


 やっと自由の身になれた朱美が、大団円の雰囲気に水を差す。


「ハァ。ひでり神って、結構強いから関わりとうないわ」

「僕は武闘派じゃないから、勝ち目がないね」

「うむ。これは困ったことになったぞ」


 妖狐や半吸血鬼、河童軍団もひでり神との戦いに躊躇する。未巳子は泣きそうな顔で、夢童に助けを求める。夢童は大きく胸を張って、親指を自らに向ける。


「オレがひでり神を倒してやる」


 突然の夢童の宣言に、動揺の波紋が広がっていく。(続く)

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