第22話 漂流

 河部夢童(かわべ・むどう)と常陸河童(ひたちがっぱ)の未巳子(みみこ)との結婚式には、関東中の河童が参加した。その中には、ケイトと朱美扮する「招かかれざる」河童もいた。


「あー、嫌だ嫌だ。どうしてこんな醜い姿になって、彼を助けないといけないんだ。そもそも、僕らが助けに行かなくてもいいよね」


 ケイト河童は黄金の口ばしをカタカタ鳴らして、納豆の糸を引くように愚痴を続ける。


「探してる時はノリノリだったじゃない。あと三十分の辛抱なんだからガマンしてよ」


 朱美河童は赤い腕時計を見ながら言う。


「はいはいはい、わかりましたよ。ところで、何で時計つけたままなの? 他の河童に人だとバレかねないよ」

「うーん、時計をに身につけてないと不安になっちゃうのよね。こればっかりは譲れないわ」

「まったく。君は時間にうるさいし、時計をたくさん持ってるし、前世は砂時計じゃないか」

「そう言うケイトさんは、前世が蚊の可能性が高いわね」

「中々言い返すようになったね、あくびちゃん。後で、たっーぷり血を吸わせてもらうからね」


 ケイト河童が舌をチロチロ出して脅してきたので、朱美河童は背筋が震える。昔の元カレ感覚で付き合っていて、すっかり彼が人の道理が通じないモンスターであることを忘れていた。


「それでは、お集りの皆様、ただいまより結婚式を始めます」


 司会の河童が開始を知らせると、たちまち拍手の嵐になる。両端の木陰から、筋肉質の雄河童と美乳の雌河童がそれぞれ出てくる。


 雄河童の夢童は頬に花丸が塗られて、アホっぽく見える。雌河童の未巳子は口紅と目元の赤いラインで、色っぽく見える。


「さぁ、誓いの口づけをかわしましょう」


 夢童がしゃがんで、未巳子の口ばしとキスをかわそうとする。


「えっ、もうキスするの? 早く止めなきゃ」

「ふふん。任せたまえ」


 ケイトが口ばしを火の用心風に鳴らすと、木々の間からコウモリからたくさん飛んでくる。突然のコウモリ軍団で視界がさえぎられ、河童たちは右往左往する。


「このスキをついて、連れ出すんだ。僕はボート(洋子)で待ってるから」

「うん、わかった」と、朱美は河童の間をすり抜けて、夢童の元へ向かう。夢童は茫然と立ち尽くしている。


「夢童君、助けに来たよ!」

「その声は……、早良さん?」

「こっちにボールあるから、早く逃げよ」


 朱美が指差して走り出すも、夢童は根が生えたように動かない。


「どうしたの? 早くしないと、気付かれちゃうよ」

「すみません。ちょっと待って下さい」


 彼はコウモリを払って、怯えてしゃがむ未巳子に歩み寄る。


「未巳子ちゃん。悪いけど、オレはまだ結婚できないっぺ」

「えっ、そんな、どうして……」


 未巳子は涙を浮かべて、夢童の腹筋にすがりつく。


「人間界に戻っても、私ほどあなたを愛せる人はいません! それでいいんですか?」

「でも、オレにはオリンピックがあるから……」

「夢童君、早くして、早く!」


 彼は未巳子と朱美を交互に見て、頭をかかえ始める。未巳子を泣かせたくない、ファンやオリンピック関係者の期待を裏切りたくはない。頭の皿が割れそうなぐらい、思考が脳内でふくれ上がる。


「あなたと結ばれなかったら、私がやったことの意味がなくなります!」

「えっ? 君は何かやったの?」


 未巳子は口ばしを左手で押さえて、首を小刻みに横に振る。彼は彼女を問いただそうとする。だが、コウモリを追い払った河童たちに囲まれて、何も言えなくなってしまう。


「逃げようたって、そうはいかねぇ」


 朱美が地面に取り押さえられ、夢童をうらめしそうに見ている。


「夢童よ、何をやろうと無駄だ。早く未巳子ちゃんと口づけをかわしなさい」


 童悟は夢童の耳をつまんで、命令の耳打ちをする。夢童は地団太を踏んで、ヒヨドリのように甲高く叫ぶ。


「キー! うるさい、うるさい、うるさい! いきなり結婚しろとか、好きだとか、もうワケわかんねぇよ! オリンピックまで待てないんか、てめぇら。ふざけんじゃねぇっぺ!」


 夢童の剣幕に対して、多くの河童があたふたしている。童心は彼の右手を握って、「落ち着け、夢童。深呼吸するんだ、フゥー」と、深く息を吸い始める。


 夢童は腹が立っていたので、父の顔面にエルボーをくらわす。童心のメガネにヒビが入り、地面にひざをついてしまう。あまりにも親不孝な仕打ちに、河童たちは怒って、夢童を地面に押さえつける。


「おい、鎖を持ってこい! こうなったら、強制的に接吻だ!」

「チキショー! 放しやがれゴラァ!」


 夢童が体を激しく揺らして、口汚くののしる。その様子を見た未巳子は目を潤ませせて、蚊のように鳴く声を出す。


「うっ、私が、ワガママを言った、こんなとこに」

「未巳子ちゃんは何も悪ぅない。この愚孫が自然の摂理に逆らおうとしたから、こんな騒動になってるだけじゃ。気にせんでよろしい」


 童悟が彼の皿を優しくなでる。彼女は童悟の手を払いのけて、青い目をカッと見開く。


「いいえ! 自然の摂理を曲げたのは私です! 全て私のせいなんです!」

(続く)

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