第21話 交流

<これまでのあらすじ>

 河部 夢童(かわべ・むどう)は河童の国に連れ去られて、女河童に結婚を申し込まれる。






 霞原湖(架空の湖)のちょうど真ん中に小島がある。その小島の岸辺で、夢童と女河童は語らうことになった。もちろん、夢童が逃げ出さないよう、海陸両方からの監視付きである。


 夢童は何を話すか思いつかなかったので、相手を質問攻めにする。


「あのぉ君の名は?」

「未巳子(みみこ)です」

「名字は?」

「河童の国に人の名字なるものはありません」

「へぇー。河童の国って、どんなところ?」

「毎日のように泳いで魚を獲り、相撲や柔道で遊んだりします。たまに宴会を開きますよ」


 毎日が日曜日みたいで良さそうだと、夢童は興味を持ち始める。だが、これ以上河童色に染まってはいけないと、かぶりを振って邪念を消す。


「どうされました?」

「いや、何でもないよ。それにしても、君は、人間のオレなんかが夫でいいの? 河童と知って石を投げつけた奴だぜ」


 しばらく彼女は無言で湖を見つめる。穏やかすぎる湖面は、二匹の眠気を誘う。


「そうですね……。私が好きなのは、向上心がある方です。あなたみたいに泳ぎの努力する方は、河童の国にはいません」

「向上心かー。そこが好きなのは初めてだっぺな」


 夢童の水泳選手としての強さにひかれて、様々な女性が寄ってきた。しかし、どの女性も、彼の水泳バカっぷりに辟易(へきえき)して離れていった。


「ずっと排水溝から見てましたよ、あなたの泳ぎ」

「ゲッ、排水溝から!? 汚ねぇなぁ、しかもストーカー?」


 彼が口ばしの上部をつまんで文句を言っても、彼女は愛おしい目をつぶらなかった。彼女はずっと彼の横顔に見とれていた。


「ごめんなさい。あなたに話しかける機会が何度もあったのに、こんな悪いことをし続けちゃって」

「あー、何ていうか、好きになったら夢中になって、とんでもない行動取るのはわかるな。オレだって、高校のある時期は、水泳がしたくてしたくて、水着一枚で授業受けたことあるし」

「まぁ。それはかわいらしいですね」


 彼女はおしとやかに笑って、再び湖を見つめる。その瞳は澄み切っていて、まつげも長くて、彼は思わず見とれてしまう。こんな純粋な瞳を持つ人はいない。話しているだけで、だんだん心惹かれていく。


「ところで、オレと初めて会った時、何かプレゼントしようとしてたね。あれは何だったの?」

「それは……、今見せますね」


 突如として、彼女が走って湖の中に飛び込む。護衛は慌てふためき、童夢の目が点になる。


 しばらくすると、泡が湖面に浮き、水しぶきをまき散らして彼女が顔を出す。彼女は両手にヤマメを持っている。ぴちぴち元気よく動き、いかにも美味しそうだ。


「一緒に食べませんか?」


 彼女が模範的な笑顔を見せる。この子と一緒に暮らすのも悪くないと、彼は口元をうっすらと緩めていた。




 朱美たちは霞原湖の湖畔に到達した。彼らは丸一日かけて、夢童の足取りを追っていたのだ。


「コウモリ情報によれば、今日の夕刻に夢童と河童の結婚式が開催されるそうだね、あの小島で」


 ケイトは引っきりなしに来るコウモリ達にエサをやっている。


「あそこまで行きたいけど、私達が行けば騒動になるから」

「河童になって紛れ込んだらよろしいやない」

「そんな簡単に化けられないよ、妖怪じゃないのに」


 朱美が口をすぼめて言うと、洋子は人差し指で彼女の唇に触れる。指からは白いスライム状のものが出て、朱美の顔をおおっていく。


「ちょっと、これは何?」


 スライムが彼女の顔にねばついて、全くはがれない。それは緑色に変わり、顔から下の体へ落ちていく。口元は黄色くなり、ハシビロコウみたく硬い口ばしに変わっていく。


「はい。これで、どっからどう見ても河童や」


 朱美は洋子の術によって河童になった。彼女は口ばしを触ったり、頭の皿を叩いたり、水かきがついた手を見たりして、少し興奮した面持ちである。


「うちの変化細胞を移植すると、一時間だけ違う姿になれるんよ」

「へー、これは便利ねぇ」


 朱美は衣服を脱いで、胸や腹も河童色に染まったことを確かめる。


「じゃあ、あくびちゃんとキツネおぼさん行ってらっしゃい。僕はここで待ってるよ」


 ケイトが満面の笑みで手を振る。洋子はイラっとして、彼ののどを人差し指で突く。瞬時に変化細胞が広がり、彼の体も河童になってしまった。


「毛がない……、こんな姿イヤだ……」


 ケイトは両ひじ・ひざをついて、猛烈にガックリする。


「あとは、あの島まで泳ぐだけか……」

「早良さんはカナヅチなん?」

「ううん。平泳ぎなら、あそこまで泳げると思う。ケイトは?」


 二人がケイトを見ると、彼はおもむろに首を横に振る。


「飛んでいくのはダメ?」

「んもう、しゃあないなぁ。うちが浮き輪なったる」


 洋子が前かがみになって、両手でつま先をつかむと、煙がボンッと出る。煙が消えると、黄色と白色に分かれた浮き輪があった。


「ほら、これ使って」


 浮き輪が揺れると、こもって洋子の声が聞こえる。


「えー。キツネおばさんの体に乗るなんて、そんないやらしいことは出来ないなぁ」

「あの島まで一緒に来てくれたら、来週に特上の美女五人紹介してあげるから」

「よろしい。では、河部夢童を助けに行こうか」


 ケイトは衣服を丁寧に脱いでから、洋子の浮き輪を使って湖に入る。朱美は軽く息をついて、彼の後へ続く。

(続く)

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