第19話 風流

<これまでのあらすじ>

 河部 夢童(かわべ・むどう)は、日に日に河童化が進行していた。その悩みを解決するため、雑誌記者の朱美と半吸血鬼のケイトに助けを求めるが、河童風の生き物によってトイレの中に引きずりこまれてしまう!?





 全裸の河部 夢童が目覚めると、小魚が視界に入る。水族館の中にいるように、小魚の遊泳と水草の繁茂が眼前にあった。彼は泳ごうとしたが、両足に鉄球のおもりがつけられて、途中で止まってしまう。


「クソっ! ここはどこだっぺ!」


 彼が辺りを見回すと、遠くから人型の何かが近づいてくる。それは、緑の体とオニオオハシ風の黄色い口ばし、頭頂部に皿の乗った河童だ。


「おお、夢童。久しぶりだっぺな」


 メガネをかけた河童が口を開く。水中でも会話が聞き取れ、しかも話しかけた河童には見覚えがある。そんな不思議感覚で、夢童の脳内をクエスチョンマークが埋め尽くす。


「これがワシの孫か。ワシに似て男前だっぺ」


 もう一匹の河童が、板垣退助ばりのあごひげをさわりながらつぶやく。夢童はおずおずと「おじいちゃん?」と尋ねてみる。


「そうだ。ワシがお前の祖父の河部 童悟(かわべ・どうご)だっぺ」

「そして、私がお前の父の童心(どうしん)だっぺよ」

「じいちゃん! 父ちゃん!」


 彼はむんずと二匹を抱きしめる。童心ガッパは息子との久しぶりの再会で、大粒の涙をこぼし始める。


「それにしても、何で、河部家の男は河童になる運命なんだ? 呪いをかけられたのか?」

「おやおや。童心は、あの話の結末をちゃんと聞かせてなかったのか?」

「すみません。夫婦共働きで、最後まで話す時間が取れなかったもので」


 童心が後頭部をかきながら謝る。


「まぁ良い。ワシが聞かせてやろう、河部家に代々伝わる河神様の話を」


 川底に童悟があぐらをかいて、長々と語り始める。







<河神様の伝説>


 昔々、河部 皿佐衛門(かわべ・さらざえもん)という働き者の男がおった。皿佐衛門のおかげで、村が豊かになり、村人の満足度が高かったそうだ。


 ある日、村の子ども達がぐわんぐわん泣いて帰って来る。皿佐衛門が尋ねると、河童に相撲で負けて髪の毛をむしり取られたらしい。皿佐衛門は弱いものいじめは許さじと、河童がいる沢へ向かう。


「河童ぁ! そなたを退治せん!」


 皿佐衛門はふんどし一丁になり、悪い河童と対峙する。悪河童は意地悪く笑い、四股をどしんと踏む。


「相撲で決着をつけようぞ。それがしが勝てば、そちの尻子玉を抜こう」

「良かろう。わしが勝てば、そなたは悪さをやめよ」


 河童がうなずくと、皿佐衛門は一気に突進する。二人が組み合い、くんずほぐれつの大激戦となる。


 勝負を分けたのは、想いの強さだ。皿佐衛門には、かたきを討ってほしいと願う子ども達の想いが、両肩にのしかかっていた。一方の悪河童には、いたずらを続けたいというよこしまで軽い想いしかない。


 皿佐衛門はありったけの力を振り絞って、悪河童を投げ飛ばす。悪河童は頭から大岩に落ちてしまう。頭の皿が割れて、びくりとも動かなくなる。


「おーい、おーい。し、死んでいる?」


 皿佐衛門の顔は青ざめ、こけつまろびつしながら家へ帰って行った。






 翌日、たいそう美しゅう女子(おなご)が、彼の家にやって来た。


「こたびは、悪次郎を退治して下さり、ありがとうございました」


 女子は恭しく頭を下げるが、皿佐衛門は首をかしげるばかり。


「はて? そなたはどこの誰であろうか?」


 女子は髪結のひもをほどいて、頭の皿を見せる。


「わらわは悪次郎に無理やりに契りをかわされた弥々子(ややこ)と申します。毎日、あの悪次郎に暴力を振るわれていたのですが、あなたが退治してくれたお陰で、平和が訪れそうです」

「ほう。それは良かった」

「つきましては、あなたに恩返しがしたいのですが……」


 皿佐衛門は弥々子を頭から足まで見つめる。彼の村では、これほどの美女はいない。彼はうんうんとうなってから、「ヨシ! そなたをめとろう」と、決断した。


 そして、皿佐衛門と弥々子は結婚して子宝に恵まれ、村はますます繁栄したそうじゃ。


 これにてめでたしめでたし、というわけにはいかなんだ。




 ある年の夏、全く雨が降らず、飢え死にするものが多発した。


 村はずれの神社で、土地神にうかがったところ、河部家の者を水に返せとの神託が出た。


「どうやら、わらわが水に帰る時が来たようですね」

「弥々子、ここまで来てそなたを失いとうない」


 二人は熱し線をかわす。村人達は「自分勝手なことぬかすな」、「わしらを殺す気かぁ」、「お前も水に潜れ」などと、負け犬のようにわめき立てる。


 それを見かねた長男の音佐衛門(おとざえもん)がすっくと立ち上がって言う。


「父上! わたくしが母上の代わりに水に入ります」

「なっ、何と。河童の母君と違い、そなたは人間だ。息が出来ず死ぬやもしれん」

「かまいませぬ。村の皆が助かるなら、この身など惜しくありませぬ」


 音佐衛門はその場でふんどし一丁になり、川へ向かって走っていく。両親は彼を止めようと、必死に追いかける。


「音佐、音佐、待てぇ!」


 だが、両親の懸命の走りむなしく、息子は川の中へ飛び込んだ。すると、彼の体のあちこちが緑色になり、頭頂部に白い皿が出て、手足に水かきがついて、河童と化した。


 彼は河童になって潜った翌日は、数か月分の大豪雨となった。


 これ以降、皿佐衛門の直系の男子は、住む地域が日照りに襲われると、河童の国へ行く運命(さだめ)となったとさ。


 めでたしめでたし。

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