河童の婿入り編

第17話 流行

 今年の六月の関東は全く雨が降らなかった。六月最初の週に数回雨が降ってから、二十日連続の晴天で、梅雨の気配が全くなかった。ダムの水不足が深刻化してきた。


 そんな過酷な環境下でも、このワイティーバーは止まらない。


「えー、今回はナタデココアイスの発祥の店、水戸の相須屋さんに来てます」


 ケイトはスマホに向かって喋る。彼の撮影中は、他の客がお通夜のように静まり返っている。


「では、ナタデココアイスにナタデココが何個入ってるか、検証してみますね」


 ピンセットでナタデココを取りながら教える彼を、他の客が真剣に見つめる。スポーツ観戦さながらの緊張感だ。


「三十三、三十四! 何と本家ナタデココアイスには、ナタデココが三十四個入っていた。これは今まで調査した中で最高記録だぁ!」

 他の客が歓声を上げる。ケイトは頭を下げて会釈を繰り返す。皆が笑顔に包まれる中、一人の女性だけはムスッとした表情である。


「ここで会えるなんて奇遇だね。やはり、僕と君は赤い糸でつながっているのかな?」

「そんなワケないでしょ。仕事中よ、し・ご・と!」


 彼女は週刊平常の記者・早良朱美(さわら・あけみ)だ。彼女は半吸血鬼ケイトの下僕として、美女の献上を数日おきに行っている。


「仕事ねぇ。今回のターゲットは誰なのかな?」

「相須屋をよく訪れる大物カップルよ。そろそろ来ると思うんだけど」


 二人がヒソヒソ話をしていると、自動ドアが開いて長身の男が入って来る。紺の帽子を深々とかぶり、周囲の視線を気にしている。


「おやおや。この前のフランケン級だね」

「あっ、あの子。あの子が私のターゲット!」

「ケ、ケイトさんですよね!?」


 二人の会話をさえぎるように、巨人が近距離で声をかける。彼は純朴そうな青年で、厚目の唇が驚きで開く。


「あ、あ、あの、どうやったら、ケイトさんみたいな長髪になれますか?」


 ケイトは首をかしげて肩をすくめる。フランケン戦後の彼は髪を伸ばしに伸ばして、エルフ風のサラサラロングヘア―に変えていた。


「そうだね。正五角形に近い栄養バランスの食事、規則正しい睡眠、ほどよい運動が、僕の髪の毛たちを元気にしてくれると思うよ」


 一番は美女の生き血でしょと、朱美は彼に冷たい視線を送る。彼は髪をかき上げて、桃の香りを漂わせる。


「オレ、僕は髪の毛がヤバいんです。何せ、うちの家系は代々てっぺんハゲになってるんで。最近、朝起きて枕元見たら、数十本ぐらい抜けてて、助けて下さい!」


 神様にすがるように、男は床にひざをついて必死に頼み込む。


「うーん。その前に、君がどういう人かわからないことには、手を貸せないよね」

「えっと、ここで名乗るのはちょっと……」

「河部夢童(かわべ・むどう)、大洗工業大二年、水泳部に所属し、自由形やバタフライなどのオリンピック代表内定済み」


 朱美はメモを一切見ずに、つっかえることなく答える。夢童は赤面を隠すように、帽子を深くして下を向く。


「あっ、はい。そうなんです。オレ、茨城では有名なんで、こうやって変装してるんです」

「てっきり、ウワサの彼女と一緒に現れると思ったけど」

「か、彼女? あっ、はっ、ウワァー!!」


 突然、彼は大号泣議員のように泣き崩れる。


「マヤちゃん、マヤちゃん、クソ―。ハゲの何が悪い。息が荒いとか、いびきがうるさいとかなら、わかるけどざ。ハゲは生理的にムリって。カツラかぶったら、一緒だっぺよ!」

「うるさい」


 ケイトは人目をはばからずに、彼の首筋にかみつく。血を吸われた彼は、眠ったように静かになって、テーブルに突っ伏した。


「ちょっ、ちょっと、こんなとこで血を吸うのは」

「そうだね。証拠隠滅しないと」


 ケイトは流れ作業のように、客と店員の血を吸って意識を失わせていく。ついでに、ある客のケイトの吸血写真のデータも削除。逃げ出す時間さえ与えない、ルパン真っ青の犯行だった。


「うっぷ。飲みすぎて吐きそう」

「ハァ。スクープ逃しちゃったわ」


 朱美は音を立ててオレンジジュースを飲む。


「こいつが付き合っていたマヤちゃんも知ってるのかい?」

「ええ、もちろん。シンクロの代表の子よ。河部君と一緒に付き合ってるタレコミがあったから、ここに来たのに。とんだムダ足だったわ」

「あぁ、すみません。急に取り乱しちゃって」


 またも夢童が会話をさえぎる。彼はケロッとした顔で、吸血のダメージがないように見える。ケイトは目をこすって、夢童が起きていることを確かめる。


「ケイトが吸血鬼って、とても驚くべきなんだけど、逆に驚きすぎて冷静になっちゃってアレですね」

「お、お前、僕が血を吸ったことも覚えてるのか?」

「はい。キスされると思ったんで、焦りましたよ」


 ケイトはうつむいて考え込み、低い声でつぶやき出す。いつも冷静(冷血?)な彼が焦ったのを見て、朱美は録画したかったと唇をかんで悔やむ。


「あくびちゃんのような例外をのぞけば、僕の吸血を覚えている人間はいない。前後の記憶は曖昧になる。復活が早いのも気になる。青汁に似た苦さ、はっ! まさか?」


 とっさに彼は夢童の帽子を取って、投げ捨てる。


「なっ、何をすんだっぺ?」


 夢童の頭頂部は、ドーナツ台の不毛地帯があった。そこはボーリングのボールみたく光沢があり、寿司屋の皿のように真っ白だった。


「それは人間のはげ方じゃないね」


 ケイトは夢童を指差して、声を張り上げる。


「君の正体は河童だ!」


 ケイトに指摘されると、夢童の左手がわなわなと震えていた。

(続く)

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