第15話 万死
現代の科学と妖狐の化学を合わせて、蘇った冨浦健(ふうら・けん)。だが、その肉体は限界に達していた。
「そこのオオカミちゃんが注入した毒で、そいつの体はボロボロやわ。それに、ここ三年酷使した影響で、中の臓器は腐りかけやし」
「そんな……。せっかく、シエリちゃんと再会できたのに」
朱美は二の句が次げずに、ケイトに救いの目を向ける。ケイトは目をつむって首を横に振る。
「大丈夫です。覚悟はできてますから」
シエリは涙をぬぐって気丈にふるまう。
「あの、今から父に向けて歌うので、スマホで録ってくれますか? 母にも見せたいので」
彼女は朱美に頼む。朱美は無言で力強くうなずき、ケイトは超音波で叶実を起こす。叶実は状況が呑み込めずに目と口を開閉していたが、ケイトにうながされるままに服を着て正座をする。
「パパ、ちゃんと聴いてね。これが、私のメジャーデビュー曲だよ」
シエリはメジャーデビュー曲になった「愛・MY・ミー・舞いん」を歌い始める。顔を赤くして、猫のようにしなやかなダンスもこなす。皆が温かい視線を彼女に送る。洋子も野生からキツネ村のキツネのように穏やかな目つきになっている。
曲の中盤になると、冨浦氏が首で拍子をとり始める。彼がまばたきをする度に涙がこぼれる。彼のうなずきにつられて、シエリは本番同様の声量で歌う。
「ありがとうございました!
シエリが歌い終えると、温もりあふれる拍手が起こる。彼女は父の元へ歩き、キスが出来るぐらいに顔を近づける。
「パパ、私の歌どうだった?」
「イイ、ステキ」
父が顔をくしゃっとさせて喜ぶ。シエリは今までの想いあふれて、再び彼を力強く抱きしめる。父も筋肉隆々の腕で抱きしめ返す。
「こんな話、記事にできないわ」
朱美はハンカチで目頭を押さえる。
「そうだね。年齢詐称ギツネを取り上げた方がいいよ」
「コラッ! ええムードを台無しにすんな、コウモリ男!」
「しっ! みんな、うるさいよ」
叶実が指を立てて言う。皆は押し黙って、二人を見守る。
「アニメのアフレコしたんだよ。すごいでしょ?」
「ウン」
「今度はドラマ出演だって。通行人だけどね」
「ウン」
「パパに見てもらいたかったな、ライブ映像」
「ウッ」
「えっ? どうしたの?」
冨浦氏の体中の筋肉が空気の抜けた浮き輪のごとくしぼんでいく。骨と皮の貧弱な体へ変わっていく。
「パパ、しっかりして! パパァ!」
もう彼は声を出さない。次第に体の温もりが失われいてく。
「どうやら「終わり」が来たようやね」
二度目の別れに娘はむせび泣く。他の者も各々の悲しみの表情を浮かべる。ただ一人、富浦健だけが快晴の笑みで目を閉じていた。
(続く)
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