第11話 弱肉

<これまでのあらすじ>

 オオカミ女の叶実(かなみ)はフランケン田中に敗北する。リベンジを果たすため、プロボクサーの百鬼(ももき)の下でトレーニングを積むことになった。




 勝栄(しょうえい)ジムは、今日もボクサー達の活気であふれている。男臭いジム内に1人、現役の女子学生が汗を流している。彼女は男顔負けのパンチをサンドバッグに打ち込む。


「いいねぇ、折尾さん。女子プロでデビューさせたいもんだな」


 ジム長はえびす顔でしきりにうなずく。他のボクサーも彼女のパンチと体型にほれぼれしている。


「叶実ちゃん、そろそろ休もうか」


 百鬼が声をかけると、彼女は間延びした返事をしてパイプいすに座る。汗をぬぐった後、バナナ三本を一気に口の中へ投入。


「パンチはかなり鋭くなったが、あの男を倒すにはもっと強い何かがほしいな」

「イッカクみたいな角か、サメのような歯があれば勝てる?」


 百鬼は苦笑いして、その疑問をスルーする。


「どんなに強い奴でも、必ず一つは弱点があるぜ。相手はロボットじゃない人間なんだから」

「弱点かぁ。百鬼さんは、攻められたら嫌なとこある?」

「そうだな。まず、男のシンボルに、のど、あっ、目つぶしもヤだな。他は、痛めてる左ひざか」


 彼女は相手のそれらの部位に当たるよう、シャドー・ボクシングを行う。


「かみつく攻撃は、相手をある程度弱らせてからがいいぜ。他は、かみつくと見せかけて殴るとか、殴ると見せかけてかみつくとか」


 彼女は百鬼に言われたとおり、フェイント技もシャドーし始める。他のボクサーは二人がどんな会話してるか耳をかたむけていたが、ジム長の鬼の視線に気づいて、いそいそと各自の練習に取り組み始めた。



※※※



 三年前、瓜毛 洋子は、とある地方に傷心旅行で来ていた。煙がまじったようなくもり空の下、スマホ内の元カレとの思い出を消していく。


「何でキツネなんかに生まれたんやろ」


 彼女は大きいため息をつく。妖力が弱かった彼女は、他の妖狐から常にバカにされてきた。彼らを見返そうと、名門の大学を出て、一流企業に入社。IT企業の社長と付き合えたところまでは順調だったが、彼に正体がバレてジ・エンド。


「あのクソギツネどもを食べちゃう巨人おらへんかなぁ。巨人、巨人」


 彼女が何となく辺りを見渡せば、教会の屋根の十字架が目につく。そこに何かお宝があると、鼻が教えてくれる。彼女の足は自然と教会に向かっていく。


 匂いを頼りに歩き続けると、十字架が並ぶ墓地にたどり着く。とある墓のまわりに黒山の人だかりが出来ていた。


「パパ、天国で待っててね」

「ウッウッ、さよなら、さよなら」


 埋葬が終わると、参列者が去っていく。彼女は彼らの会話を盗み聞きした。


「それにしても、まるで眠っているみたいでしたね」

「これからの現場で、あいつのバカでかい声が聞こえなくなるのはさびしいですよ」

「うちの書店の整理を手伝ってくれた、あんないい奴がどうして……」


 様々な除法から、生前は屈強な男で、死体には損傷がないことがわかった。彼女は過去の記憶や現在の仕事から、この死体を利用する方法を考え始める。死体、筋肉増強剤、復活、AI、細胞活性化、etc。


「フランケンシュタイン!」


 彼女はその死体をマッチョなモンスターに改造する「フランケン・プラン」を思いついてしまった。



※※※



 洋子は、自分の行動力の高さに心の底から驚いている。手に入れたいものは、どんな障害があっても乗り越えてきた。そのキーとなる人物を呼び出すために、彼女はシエリに化ける。


「あっ、ケイトさん、例の件で、ちょっと気になることがあって。高野台公園まで来ていただけますか?」


 シエリの声を留守電に入れる。Felines(フェリネス)のライブやトークを聞きまくったおかげで、声マネの労力は省エネで済んだ。だが、男をトリコにするキュートで高い声を出すのは、彼女にとって苦痛だった。この世界を手に入れるためにはしかたないと、奥歯をかみしめた。


 留守電を入れてから三十分後、サングラスのケイトがやって来る。彼は黒の革ジャンとダメージジーンズ、赤いブーツというオシャレ番長ぶりを見せる。


「ごめんごめん。かなり待たせちゃって」

「ううん。全然気にしないで」


 彼女はかぶりを振って、彼のパーソナルスペース内に侵入する。本題に入るため、顔をネコ系アイドル小顔から、キツネ系の細長い顔へ変える。


「驚いたなぁ。シエリちゃんかと思ったら、アルテミーのキツネさんか」


 ケイトは顔を絹のハンカチでぬぐいながらしゃべる。


「ウフフ。ここまでせぇへんと、あんたが来てくれんと思うてね」

「それで、何の用で僕を呼び出したのかな?」

「単刀直入に言うわ。うちらの仲間にならへん?」


 洋子は公園下の街の灯りを指差す。暗黒の空と対照的に、街は百万の星々を輝かせていた。


(続く)

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