第9話 大変
<これまでのあらすじ>
株式会社アルテミーは死んだ人間の体を使って、細胞強化実験を行っていた。その研究員の女性が他の2人を裏切り、実験体をわが物とした!
与久馬(よくば)金融の社員は、今日も過剰な取り立てをしている。
「期日までに払っていただかないと、どうなるかわかってますよね? こちらは慈善事業ではありませんので」
「来月まで待ってほしい。なるほど。じゃあ、来月までにお宅の一部が燃えるかもしれませんよ」
「うちより金利が高い金融会社はたくさんありますよ。この料金は安いじゃありませんか? ねぇ?」
丁寧な言葉づかいの端々に、悪の臭いが感じられる。社員の取り立てぶりに、社長はご満悦の表情を浮かべる。その目はサングラスでおおわれてわからないが。
「このペースだと、今月末には上海に行けるぞ。おめぇら、もっと頑張れや!」
「はい、社長!」
社員一同が立ち上がり、大きな返事をする。
「悪いけど、上海旅行は無期限延期ね」
「誰だっ!?」
入口に1人のうら若い女性が立っている。彼女は前髪をかき上げながら、高圧的な態度で話す。
「あなた達が稼いだお金を全ていただきに来たわ」
「何だと? てめぇ、どこの組だ?」
右頬に傷がついた男が、がんを飛ばしながらナイフを構える。他の社員も各々の武器を持って彼女を睨む。
「お嬢さん。できることなら、あんたの美しい顔を傷つけたくない。何万円ほしいか言ってくれれば、有利子で貸してあげますよ」
社長はタバコを灰皿でつぶしながら、彼女に優しく語りかける。
だが、彼女は絶対に首を縦に振らない。指パッチンをして「田中さん」を呼ぶ。
「お願い! みんな、やっつけて」
やおら筋肉隆々の男が現れると、取っ組み合いのケンカになる。ナイフの刃や人の刃が折れ、銃や人の骨が粉々に砕け、戦闘不能者が続出する。
わずか数分間で、与久馬金融の社員全員の頭が壁や床にめりこんでしまった。
「さぁ、社長はん。死にとうなかったら、お金全部渡してくれますかぁ?」
社長の足はガタガタ震え、おしっこをちびっていた。無言で金庫を指差し、暗証番号が書かれた紙を彼女に渡す。
「わぁ、たんまりある。今夜はサーロインステーキやね」
彼女は札束にキスをする。
社長はへなへなと床に座りこみ、魂のぬけがらと化した。
瓜毛 洋子(うりも・ようこ)は風呂場の浴槽いっぱいに札束を入れて、ひまわりの笑みを浮かべる。
「一回やってみたかったんよねー、一億円の風呂」
札束をほどいて、一万円札をシャワーのように浴びる。木の葉と違う本物のお札の匂いで、洋子の人の姿が段々と崩れていく。
口が裂け、耳が細長くなり、体中に金色の毛がびっしり生え、モップの尻尾が三本生え、キツネの獣人へと変わっていく。ついでに胸も平たくなる。
その変化の様子を、田中さんが体育座りのままじっと見ている。
「あら。田中さんも一緒に入る?」
彼は首を横に振る。彼女はヒゲをピンと立たせてから、彼に近づいてあごをグイッと持ち上げる。
「あなたと会話できるようになったら、めっちゃ面白くなるのにね。まぁ、今の人間の科学力で、ここまで出来ただけでも、よしとせなあかんね」
彼女はふわっふわの胸毛をくしですきながら、うつむきがちに話し始める。
「意外に思うかもしれんけど、うちは妖狐の中だと最弱なんよ。だからこそ、変身術を磨いて、人を騙して、金を手に入れて。でも、ようやっと力を手に入れられるわ」
彼女は肉球を舌でなめて、にんまり笑う。
「人間に溶け込め、人間の中で生きろなんて、もう時代遅れやと思わへん? どう?」
彼はまばたきを繰り返すだけだ。
「ただ、うちらやと心細いから、仲間が必要やね」
彼女は腕を組んでマッスルギツネのポーズを取る。それにつられた彼が、力こぶを作って鍛え抜かれた筋肉をあらわにする。
深夜の公園で、叶実は唐揚げを骨ごと食べている。大学の授業と雑誌の撮影で、彼女の胃袋は悲鳴を上げていた。食欲が止まらない、やめられない。
「肉食同士やから、気が合いそうやね」
叶実が顔を上げると、色気の塊の女性が腰に手を当てながら近づいてくる。桃の香水の中に、かすかに混じるケダモノの臭い。叶実はすぐに彼女が人外だと悟る。
「あなた、人間じゃないね」
叶実が最後の骨をかみくだく。女性は髪留めをほどいて、平安貴族のごとく長い黒髪とマフラーのような三本の尻尾をさらす。
「そう。うちは妖狐の瓜毛 洋子。今後ともよろしく」
洋子は右手をキツネに変えて、叶実と握手をかわそうとする。叶実はその手を無視して、口元をオオカミにかえて低くうなり始める。
「あらあら。一体どうしちゃったんよ」
「あのコウモリ傘から全部聞いたよ。あんたが、シエリちゃんのお父さんに酷いことしてるって!」
「ウフフ。田中さんはもう、シエリちゃんの父親と違うわ。不死の細胞とAI脳を組み込まれた無敵人間・田中や。どんだけ強いか、自分の体で確かめてみる?」
洋子が指を鳴らすと、ゴリラ級マッチョと化した田中さんが草むらから現れる。彼に似合うサイズの服が無くなったため、上半身は裸である。
叶実は握りこぶしを作って、洋子をにらむ。急に雨が降り始め、戦いのゴングのように春雷が鳴る。21世紀のフランケンシュタインVSワーウルフの火ぶたが切られようとしていた。
(続く・次回から暴力描写が多くなります)
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