第8話 変化

<これまでのあらすじ>


 雑誌記者の早良 朱美(さわら・あけび)は、吸血鬼のケイトとオオカミ女の叶実の協力によって、死んだはずの冨浦(ふうら)氏と似た人物が、株式会社アルテミーによって非人道的な扱いを受けていることを突き止めた。

 その真偽を確かめに行った娘のシエリは、アルテミー社員の手によって記憶を消されてしまう。




シエリ「仕事お疲れ様です。朱美さんにお願いがあります。もう父の調査はやめて下さい。あれは私の見間違いでした」

朱美「どうしたの?」

  首をかしげるLANEスタンプ

シエリ「よく思い出してみれば、私がすれ違った男性は、髪型だけ似ていた赤の他人です。私がお願いしたのに、私の方から打ち切ってごめんなさい。本当にすみません」

朱美「そんなに謝らなくていいよ。本当に、ここで調査を打ち切ってもいいの?」

シエリ「はい! お願いします!」

  土下座のLANEスタンプ


 シエリはLANEスタンプを打ち込むと、大きなため息をつく。赤の他人が死んだ父かどうか、どうしてこだわったのか、彼女にはわからない。昨夜の出来事を消去された彼女の脳には、クエスチョンマークがたくさんつまっている。


「シエリン、元気ないにゃあ。一緒になべ猫の動画見よ。ねっ?」


 KAORU(カオル)がオススメの可愛いネコ動画を見ても、彼女の心のスキマはうまらない。むしろ、寒々しい風が吹き続けるだけである。




「チャンネル登録よろしくぅー」


 ケイトが100万再生ウインクで撮影を終えると、スマホが震え始める。彼は二本の指でスマホをつまみ上げて、通話に応える。


「もしもし。ケイト?」

「おやおや、アクビちゃんじゃないかぁ」


 彼がふざけると、鼓膜を破れるぐらいの怒号が返ってくる。


「あ・け・び! 人の名前を間違えないでくれる? ところで、例のシエリちゃんの件なんだけど……」


 動画の編集作業を進めながら、ケイトは彼女の説明を聞く。


「ふんふん。確か、そっくりさんがいたのはアルテミーだったね?」

「そう。私も調査は打ち切るけど、何かもやもやっとしてて」

「アルテミーの研究員の中に、ちょっとヤバい奴がいたからね。そいつが、シエリちゃんの心境の変化に関わってるかもだ」

「ヤバい奴って?」

「おっと、これはシークレットだった。ここから先は、僕とわんこちゃんに任してくれ」

「ええ? 私にも教えてよ。教えてくれたら、現役トップモデルを紹介してあげるんだから」

「ダメだ。君たち非力な人間がかかわるべきじゃない。じゃ、切るよ」

「ちょっと、まっ!」


 彼は通話を切ると、パソコン画面のタイムラインの数字をじっと見つめる。


「あの女はゲロマズい血が流れてそうだ」


 アルテミーの女研究員の顔が浮かぶ。人を見下した冷徹な視線、男を惑わす妖艶なボディライン、絶対的な自信を持つキューティーヴォイスが気に食わなかった。


「面倒くさいけど、やるしかないな」





 フランケン・プランは最終段階に入った。放射線を浴びると体に異常が現れるか否か、という実験である。


「問題は、その実験に協力してくれる施設だが……」

「こればっかりは、自分らで用意するのはキツイっスね」


 三人の研究員は円テーブルで思案を重ねる。後ろのホワイトボードには、研究成果のレポート用紙がすき間なく貼られている。


「そうだ。放射線治療のプロの山岸君なら、協力してくれるかもしれん」

「その人は、課長が何かあった時に、この研究のバックアップデータ持っとる方でしょう?」

「ああ、そうだ。あ? 何で、瓜毛君が彼のことを知っているのかね?」


 彼女は急に甲高い笑い声を上げ出す。他の二人は、突然の彼女の異変に目を丸くしている。


「ケケケケケケケケケケッケーン。山岸さんは、うちが作った架空の人物よ。ホラ、名刺もこの通り」


 彼女が二人の目の前に出した名刺が、一瞬にして木の葉に変わる。さらに、彼女の顔が変形し、面長のヒゲを生やした男になる。


「なっ、何なんだ? バ、バケモノ!」


 彼女が彼(彼女)の顔を指差しながら叫ぶ。その指は小刻みに震え続ける。


「バケモノ? よう言いますわ。死体を生物兵器に変えるっちゅう、悪魔的な実験を行ってきた人が」


 瓜毛の安産型の尻から、ふわもこの三本の尾が生え、耳がとがり出す。異業と化した彼女を見た男たちは慌てふためく。


「し、篠崎! 警備を呼べ!」

「はっ、はい、ただいま!」


 篠崎が防犯ブザーを鳴らすことは出来なかった。ロッカーから現れた田中さんによって殴られたからだ。実験体の音なき出現に、課長は絶望の口を大きく開けるばかりだ。


「さぁ、その男を倒しちゃって」


 田中の拳が白山の顔面に直撃する、白山はイスに座ったまま床に倒れる。


「人に不要な記憶は消さんとね」


 記憶消去装置(MDM)が、二人の男の狂ったロマンを消していく。


 ほくそ笑む瓜毛と口を真一文字に結ぶ田中。


 このモンスター達が、世間を恐怖におとしいれるのか。


(続く)

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