第7話 決死

<これまでのあらすじ>

 雑誌記者の早良 朱美(さわら・あけび)は、地下アイドルのシエリの死んだ父親が生きているという怪情報について、オオカミ女の叶実(かなみ)と一緒に調べていた。その調査中、死んだ冨浦(ふうら)氏と似た人物が、株式会社アルテミーによって非人道的な扱いを受けていることが発覚した。





 アイシャドー塗りすぎパンダ目女性が、オオカミのもふもふを堪能(たんのう)している。


「えー、これがオオカミ女? ヤバイ、ヤバイ、鼻血出ちゃうー」

「ちょっ、ちょっ、ぐるじい……」


 オカルトマニアの彼女は、叶実オオカミの体に抱きついて、色んなところの匂いを嗅ぐ。朱美は苦笑いを浮かべて、紅茶を飲みほす。


「お待たせー、僕のイケニエちゃーん。ゲッ」


 小窓から入ってきたコウモリは、目が飛び出るぐらい大きくなる。たくましいオオカミが、重度のタッチにより、毛皮のごとく平べったくなっていたのだ。オカルトマニアは、この世の奇声を集めたかのごとく叫ぶ。


「キェアアアアアアアアアアアア! しゃべるコウモリ! ここはヘブン?」


 ケイトコウモリは飛びつく彼女をさっとかわし、背後から噛む。彼女は色っぽい声を上げて意識を失い、その場に倒れる。


 コウモリの体は徐々にふくらみ、毛がぬけて人肌が露出し、羽が手に戻っていく。そして、全裸のケイトが現れる。タイムスリップ直後のターミネーターのように均整の取れた体だ。


「ふぅ。意外に美味だったが、これも目当ての血ではないな」


 ケイトはため息をついて、ソファに倒れこむ。


「ちょっ、ちょっと、早く服を着てよ!」

「飛ぶってのは、かなりエネルギーを使うんだ。まぁ、人にはわからないだろうね」

「わかったよ。それで、アルテミー社はどんなことをやってたのかしら?」


 朱美は両目を閉じたまま質問する。


「奴らはフランケンシュタインを作っている」

「フランケンって、ウンガ―しか言わないデカいモンスター?」


 叶実オオカミの頭の中には、怪〇くんの部下の三人組が浮かんでいる。


「バカ狼は黙っててくれないか。どういう方法かわからないが、奴らはシエリちゃんの父の死体を改造して、人体実験を行っている。奴らを放っておくと大変なことになるよ」

「彼らの陰謀を白日の下にさらさなくちゃね」


 朱美のペンを握る手が強くなる。




 数日後、Felines(フェリネス)初のアニソンタイアップ記念のインタビューが行われた。ケイト作詞・作曲とあって、かなりの数の記者が集まっていた。


「このアニメについて、どんなイメージを持たれてますか?」


 若手記者の質問に対して、メンバーが笑顔を振りまいて答えていく。


「カオルンはこのアニメをほんわかだと思ってるんで、みんなのキュートな歌声で、よりほんわかしてくれたらいいなと思ってまーす」

「原作ファンなので、主人公のルフーガが動くのが見られて興奮してますッ!!」

「癒し系のキャラがたくさんいるので、私達は好きですし、皆さんももっともっと好きになれますね」

「父を失っても気丈にふるまうメリサがお気に入りですね。彼女が初めて剣をふるうシーンが、このアニメの代表シーンかなと」


 シエリが発言し終えると、朱美と目が合った。朱美はスマホをかかげて、両目をつぶる(失敗ウインク)。


 会見終了後、控室で、シエリはスマホのLANEを確かめる。1日に100件ぐらいくるので、Felinesのグループラインか母親以外はいつも無視していた。


朱美「シエリちゃん、仕事お疲れ様。シエリちゃんのお父さんらしき人が見つかったよ。株式会社アルテミーに田中さんという名で勤めているよ。でも、シエリちゃんのことを覚えていないから、本人かどうかは不明。引き続き調査を続けます!」


 次に、隠し撮りで若干荒い画像が送られてきた。きつねうどんをすする男は、シエリの思い出の中の父親の顔とピタリ重なる。


 シエリはハンカチで目頭を押さえる。会いたい気持ちが強くなり、この後のライブやPV収録の時間をスキップしたいと思えてきた。


「パパ、会いに行くよ……」


 彼女は消え入るような声でつぶやき、手帳に薄い文字で新たな予定を書き込んだ。




 夜の九時頃、アルテミー本社にサングラスとマスク姿の女性が現れる。その女性は受付までまっすぐ進み、迷いなく質問する。


「あのぉ、すみません。この田中さんという方は、どこにおられますか?」


 彼女は父の写真を見せる。受付の男性はマニュアル通り、無表情で聞き返す。


「質問を質問で返すようで、申し訳ございません。。あなとと田中氏とは、どのようなご関係ですか?」

「私の父です」


 彼女はサングラスを取って、受付をじっと見つめる。写真と目の前の人物を見比べてから、受付はパソコンで各社員の動向を調べ始める。


「残念ながら、現在は外出中ですね。もしよろしければ、このロビーでお待ちいただけますでしょうか?」

「いえ。後日また来ます」


 彼女は受付にきびすを返す。ここで残るよりも、街中で出会えそうな気がしたのだ。


 アルテミー本社を出ると、横の廃工場から金属音が聞こえる。この時間帯に工事はあり得ない。彼女の好奇心は抑えられない。


「なにかしら」


 敷地内に彼女は足を踏み入れてしまう。人間が通れる幅ほどに機械やゴミが片付けられている。工場内には入らず、小窓から様子をながめることにする。


「釘をしっかり打ち込んだか?」

「はい、課長。十字架にかけられた聖人風に作ったっス」


 彼女の父とうり二つの男が、両手足にくぎを打たれて「はりつけ」にされている。彼女は目をつむってから、もう一度見開く。やはり、その光景は変わらない。


「どうして……、どうして……」


 彼女は地面にひざをついて、頭をかかえる。


「もう苦しまなくてええよ」


 彼女が背後の女性を見ようとすれば、ハンカチで口を押えられる。そのハンカチにはクロロホルムが染みていて、あっという間に眠りにつく。


「よし。これで消しましょか」


 マスク姿の瓜毛は、地面に置いたボストンバッグ大の機械から出る電極を、シエリの頭につなぐ。赤いボタンを押すと電気が流れて、あの記憶が消去される。


「もう、うちらの計画のジャマせんといんてな。それにしても、ここは匂いがきついなぁ」


 瓜毛が機械を持って立ち去っていく。シエリは穏やかな顔で眠りについている。その顔を優しく夜風がなでていく。


 赤い星が妖しく光る以外は、いつもどおりの静かすぎる夜だった。

(続く)

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