第5話 干肉

<これまでのあらすじ>

 雑誌記者の早良 朱美(さわら・あけび)は、ひょんなことから、人気ワイティーバーのケイトが吸血鬼という秘密を知ってしまう。

 朱美は自らの命を守るため、ケイトに捧げものの女性を紹介するように。

 その中のシエリの告白により、死んだ父親が生きているという怪情報の真偽を調べることになる。


<本文>

 深夜の教会の墓場で、人か獣どちらともつかないモノが動いている。それは、とある人物の墓の前で立ち止まる。


「この墓だな」


 それは四つんばいのまま、口にくわえた懐中電灯で目当ての墓を照らす。墓碑銘にはKEN FUURAとローマ字で刻まれている。


「ここ掘れウォンウォン」


 それの両手が毛深くなり、ハサミの先のように鋭い爪が出てくる。墓の中をあばくために、掘り始める。


 掘り進めれば、金属の棺桶にぶつかる。中身を見ようと、それは両腕を筋肉質のオオカミに変えてふたを持ち上げる。


「ウウウウ、ガァ!」


 ふたが割れると、盗掘されたかのごとく中身が空っぽだった。骨のカケラがあるか隈なく照らすが、ちり一つも見つからない。どうやら、元から死体は入っていないようだ。


「これがミステリーってやつ?」


 叶実は鼻を舐めて、目をパチクリする。彼女は周りの土を棺桶の上に入れて、元通りにしていく。犯罪行為を隠す作業をしていると、校舎裏でタバコを吸う彼らのスリル感がわかったような気がした。


「ああ、お腹へったなぁ」


 この時間では、飲食店はほとんど開いていない。彼女はコンビニの牛丼五杯を買おうかと検討し始める。





 墓荒らしの夜が明けると、叶実は冨浦(ふうら)家を訪れた。富浦家は木造の長屋で、ツバキやサザンカが咲き誇る庭があった。呼び鈴を鳴らせば、艶のある声が返ってくる。


「はい、どなた?」

「あっ、あのぉ、シエリちゃんの友人です」

「シエリの友人?」


 叶実は朱美から渡されたメモ帳を見返して答える。


「えっと、シエリちゃんから頼まれてて、お母さんに最近会ってないから、様子を見に行ってほしいって」

「あら、そうなの。どうぞ、どうじ、何もないですが、おあがりください」


 叶実が引き戸をガラガラ開けば、青いワンピース姿の女性が迎えてくれる。彼女は娘と同じ童顔で、しわ一つない白肌である。おまけに、おそろいの十字架のネックレスをつけている。


「おはよございます」


 丁寧に頭を下げられると、叶実の罪悪感が風船爆弾のごとくふくらむ。


 その後、紅茶やケーキを出されて、メモ通りにシエリのことを答えていく。メモはひざの間に挟んで、うつむいて確認する。


「シエリは元気にやってる?」

「はい。毎日が遊園地みたいだって」

「フフ、あの子らしいわ。料理はちゃんと作ってるのかしら」

「夜遅くに帰るので、コンビニ弁当で済ませがちです」

「あらぁ。あの子もけっこう大変なのね」

「ええ。天国のお父さんに自分の歌を伝えたいって言って、頑張ってたです」


 お父さんのワードを出せたので、彼女は真の目的を話す。


「あっ、そうだ。お父さんの部屋から取ってきてほしいと言ってたので、案内してもらえますか?」


 叶実は口周りのクリームを舐めて、シエリの母を凝視する。


「もちろんいいわ。ところで、シエリがほしいと言ってたものは?」

「すみません。これは、あたしとシエリの秘密なんで」

「わかったわ。では、案内しましょう」


 階段を上がると、ひょろひょろ文字で書かれた「パパ」の表札が目につく。シエリ母はその表札の部屋を伏し目がちで開ける。


「さぁ、どうぞ。ずいぶん前から掃除していないので、ほこりっぽいかもしれませんが」


 部屋中におびただしい数の本が山積みになっていた。いたる所にメモの切れ端が落ちていて、その上をクモが歩いている。


 叶実はドアを閉めると、冨浦氏の匂いが嗅ぎ取りやすいものを探す。接するのが手だけの本よりも、体全体を包むものがいい。衣装ダンスを開けると、鼻を黒くさせて匂いを嗅ぐ。


「あー、なるほど。いいにおい」


 ヒノキ風呂の湯気に似た匂いが、冨浦氏の衣服からただよっていた。彼女はYシャツをカバンの中に入れて、部屋を出ようとする。


「おっと、ついでに何かもらっとこ」


 彼女は記念に富浦家の近所のグルメ本と、世界イヌ科図鑑もカバンの中に入れた。





 数日後、叶実と朱美は、渋谷のとあるうどん屋に来ていた。


「ここは大食いチャレンジある?」

「うーん。悪いけど、それはないの。あと、これは個人的な調査で経費が落ちないから、うどん一杯にしてくれる?」


 叶実はため息をついてカウンター席に座り、メニュー表のぶっかけうどんを指差した。


「シエリちゃんの父親はうどん好きで、よく食べ歩きしていたそうだから、渋谷のうどん屋を調べてたの。すると、ここの店長が、彼の顔を何度か見たことがあるって」

「いつ来るかわかるの?」

「3時ごろと言ってたから、そろそろね」


 朱美が腕時計を見ながらそう言う。叶実はYシャツの匂いを嗅いで、本物の登場に備える。


「おう、いらっしゃーい」


 ラフな格好の男たちが来店した。つり目のガリガリメガネ男、アンパン顔のぽっちゃり白髪男、七三分けの中肉中背男の三人組だ。七三分けの男は、富浦氏と非常によく似ている。


 彼らは後ろの四人組テーブルに座る。


「ねぇ。あの人の匂いはどう?」


 朱美が叶実の耳元にささやく。叶実は鼻息を荒くして、自信満々に「ほとんど同じ」と答える。


「ありがとう、叶実ちゃん。後でタピオカパンおごってあげる」

「やったぁ!」


 オオカミ女にあめを与えてから、朱美は席を立ってトイレへ行く。このトイレは偽装で、戻る時に急に思い出したかのように、彼に接近する予定だ。




「あれ? シエリちゃんのお父さんですよね?」


 朱美はわざとらしく声をかける。疑惑の男は目を白黒させて何も答えない。


「シエリ? 田中さんは独身で、子どもはいないっスよ」

「誰か別の人と間違えてないかね」


 ガリ男とぽちゃ男が間髪入れずに否定する。


「いいえ。絶対にシエリちゃんのお父さんです。ほら、この写真を見て下さい」


 中学の入学式のシエリと父が並ぶ写真を見せる。この人が本物なら、これで何かしらの反応を見せるはずだ。しかし、彼は眉一つも動かさなかった。


「他人の空似っスよ」

「そうだ。この世には同じような顔が五人いるというからね。きっと、その方は田中さんと似た別人だよ」


 朱美はこれ以上食い下がっても、収穫はないと判断し、「すみません。人違いでした」と謝って、カウンター席に戻る。


「あたしの鼻は間違ってないよ」


 そう言ってから、叶実はうどんを吸い込む。


「うん。わかってる。でも、どうして……」


 朱美は否定二人組をチラッと見る。どうすれば、彼らの仮面をはがせるだろうか。

(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る