21世紀のフランケンシュタイン編

第4話 鮮血

 地下アイドルFelines(フェリネス)のSHIERI(シエリ)は、友人と一緒に人気ワイティーバーの家を訪れていた。


「わぁー。色んな機械がありますねー」


 シエリは舌をチロリと出して、ペコちゃん風の童顔になっている。シンセサイザーのボタンを押そうとしたが、二人の視線に気づいて慌てて手を引っ込める。


「良かったら、一曲弾いてあげるよ」

「えっ、本当ですか? とても嬉しい!」


 ケイトは流星のウインクで、彼女を射落とす。友人は腕を組んだまま、不安そうに見つめている。


「じゃ、いくよ。よく聴いてね」


 彼はヒット曲の「Give Me Bloods」をシティポップ風に弾き始める。シエリはその曲にうっとりして、段々とまぶたが重たくなる。そして、ひざをついてうつぶせになり、そのまま夢の世界へ旅立ってしまった。


「こんな可愛い子と3回も食事に行けるなんて、君はうらやましいね」


 ケイトは人外の牙を見せて微笑む。朱美は眉をひそめて、「この子、明日は握手会があるの。だから、あんまり吸わないでね」とお願いする。吸血鬼は軽くうなずいてから、シエリの首筋に牙を食い込まんとする。


「ウッ。この子の十字架のネックレス取ってくれ」


 忠実な僕(しもべ)となった朱美は、黙ったままネックレスを取る。ケイトはハーフ・ヴァンパイアなので、日光や水は平気なのだが、ニンニクや十字架は苦手らしい。


 障害物が消えた吸血鬼は大口を開けて、白い首筋を鮮血に染める。朱美は両目を手で隠して、吸血作業が済むのを待った。


 吸血が終わると、ケイトはロダンの考える像のポーズを取る。


「どうしたの?」

「うーん。どうも、この子は深い秘密を抱えているらしい」


 朱美はとっさにスタンガンを構えて、レコーディングルームのドアの方へ移る。


「違う、違うよ。この子がモンスターなら、この前のウルフガールみたいに返り討ちにあってるよ」


 ケイトはかぶりを振って否定する。朱美は一息ついて彼女の元へ行き、十字架のネックレスをかける。


「僕は血を吸った相手の人となりが大体わかる能力があるんだ。それによると、彼女は普通の人間で、底なし沼の喪失感と秘密の壁を持っている」

「どんな秘密を持っているか、わかる?」

「あー、そこまでは、ねっ。僕なんかより、女同士で、記者の君の方が秘密を暴きやすいでしょ」


 ケイトは彼女をからかっているのだろうか。本当は細かいことまでわかるが、血の採集目的を終えた女性に興味をなくし、わざと分析していない可能性がある。


 しばらく経てば、シエリは起き上がって、ハンカチで顔を押さえる。


「あちゃー。すみません。私ったら貧血で倒れてしまって」

「いやいや。こういう密閉空間にいると、どうしても体調が悪くなってしまうよね。昔の僕もそうだったよ」


 ケイトは磨き上げられた白い歯を見せて、シエリに手を差し伸べる。彼女はゆっくり立ち上がり、深呼吸してから質問を始める。


「あの、ケイトさん。作曲する時はどの楽器から始めるんですか? ギター? ピアノ? それとも打ちこみですか?」

「ええっ、うーんと、あそこのおもちゃのピアノで単純なメロディーを弾いて、いや、風呂場の鼻歌から言うべきか」


 シエリが手帳を出して熱心にメモを取り始める。アイドルらしからぬ姿勢に、朱美は驚きの口を開ける。


「そんなに作曲に興味あるなら、今度一緒に作ってみない?」

「いや。いつまでもアイドル続けられないですし、やめた後の引き出しをたくさん作っておきたくて」

「ねぇ、ちょっと手帳見せてくれる?」

「いいですよ」と、シエリは朱美に手帳を渡す。その手帳には、右に1日のスケジュールが分刻み、左に米粒の字でメモが書き込まれていた。


「すごく筆まめね。私も見習わないと」

「私って、すごく忘れん坊なんですよ。だから、手で書かないとダメで。父さんから何度もメモ取れ、メモ取れって言われたな」


 彼女の目じりから涙の粒がキラリ落ちる。朱美はその瞬間を見逃さない。


「シエリちゃん、もしかして、お父さんは……」

「うん。3年前に心臓発作で……、でも不、思議なことにね」


 彼女は十字架のネックレスをつぶれるように握りしめる。


「2年前、こっちに上京した時に、交差点で父さんとすれ違って」

「他人の空似ってことはない?」


 ケイトは手にこびりついた血を舐めながら尋ねる。


「あの七三分けと右目の下のほくろは、絶対に父さんだと思う。だから、どこかで生きているかもしれない父さんに、私の歌声が届けられるよう、頑張ってるの」


 シエリは両の拳を握って頑張りアピールをする。それを見た朱美は吸血させた罪悪感から、彼女のモヤモヤを解消したいと思った。


「ねぇ。そのお父さんを見かけた話、良かったら詳しく聞かせてくれる?」


 消えかけていた彼女の記者魂が、再び燃え始める。その火は、海の中でも消えぬオリンピックの聖火のようだ。



 シエリが仕事で先に帰った後、ケイトと朱美は相談し始める。


「さて、次の女声は誰かな」

「行きつけのピザ屋の女の子になるかしら。それより、さっきの彼女の話は本当だと思う?」


 シエリが亡き父とすれちがったのは、渋谷の交差点だった。そこで声をかけたが、全く無反応だったらしい。それから時間を見つけてはその近辺を歩いてみるが、全く見かけないという。


 ケイトは肩をすくめて「どっちでもいいよ」と、ノートパソコンを取り出して動画配信の準備を始める。塩対応の彼に対して、朱美はふくれっ面をする。


「死んだ人が蘇るって、ゾンビかもしれないのよ! 放っておいたら、街中の女の子がみんなゾンビになっちゃうよ」

「うーん、それは困るなぁ。早良さん、ゾンビの正体を突き止めたら、僕に教えてくれますか?」

「えっ? 私に丸投げ?」

「僕は動画配信にドラマ出演、音楽活動などで忙しいんだ。悪いけど、いるかどうかわからないモンスターを調べるヒマはないよ」


 彼は箱に似たカホンと電子楽器のテルミンを物置から取り出しながら答える。


「わかったわ。仕事の合間に調べるから」


 朱美はアルカイックスマイルで平静を装っているが、スクープの大予感で胸の高鳴りが始まっている。


 しかし、この後、あの恐るべき事件に巻き込まれるとは……。(続く)

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