第37話 終章

旅芸人一座『鴎』のライノール公演は、二ヶ月で幕を閉じた。

本来なら、半年滞在する予定であったが、どうやら戦が始まるらしく、予定より早く切り上げ、河岸を変えることになった。


(平和な国だと聞いていたのに。噂はあてにならない)


 戦なんて、馬鹿みたいだ。

 多くの民が犠牲になるっていうのに。一部の愚か者せいで、幸せがあっけなく砕かれる。場をぶちこわす無粋な観客みたい、と『鴎』の看板歌姫ジェリミナは腹を立てていた。


安穏な生活がもうすぐ終わると肌で感じ取っているのか、その不安から逃れるためかなのか――。

 戦乱を前にした民は金払いが良い。

 客足が多く、二ヶ月で予定していた以上の稼ぎを得た団長は、ジェリミナの立腹とはうらはらに、ご機嫌だった。

本来なら決して認めぬ団員の足抜けを、快く許すほどのご機嫌ぶりだ。


(まあ群舞の、到底看板には成り得そうもない、舞も器量も平凡な娘だったから、かもしれないけど)


 ライノールに来て一ヶ月ほど経った頃。

 ジェリミナはその娘から、地元の男に惚れた、と相談をされた。

 平凡だが心優しい娘を気に入っていたジェリミナは、彼女が惚れた男について調べた。


 芸の才能を見込まれ、あるいは舞台に立つことに憧れ、旅芸人なる者などそういない。

 貧しさから、娼婦になるよりは、と一座に身を売った者が大半である。

 しかし国から、国へと渡り歩く生活は楽ではない。

 病を患い舞台に立てなくなった団員は、容赦なく追い払われた。

 秀でた芸のない者が若さを失った時も同様だ。

 娼婦以上に水物で、将来の保障などありやしない。

 娘の未来を以前から案じていたジェリミナは、彼女の恋を祝福し、団長の機嫌を取り、足抜けに協力してやろうと思った。


 けれども……娘の惚れた男は、真っ当な男ではなく、野蛮な賞金稼ぎであった。

 金が第一。金のために人をも殺す連中だ。

 幸せになんてなれるもんか。

 そう言って、娘を説得したのだが……一週間ほど前。


『あの人、腕を失ったの。利き腕ではないけれど、もう賞金稼ぎとしてはやってはいけないわ。姐さん。彼、とっても落ち込んでいるの。私、あの人の力になりたい。あの人の腕になって、支えていきたい』

苦労する、と言っても、娘は首を振った。

『私、彼を愛している』

傷ついた男に母性を擽られたのか。

 娘は恋に命を捧げた愚かな女の目をしていた。

もはや止めようがないだろう。

 団長ほど快くはなかったが、ジェリミナは餞別をやり、娘を送り出してやった。


(戦になる前に、片腕を失った男とともにライノールを出ると言っていたけど)


 一座には腕の立つ男達がいる。

 物取り、妖獣などに遭遇しても、彼らが追い払ってくれた。

 しかし娘たちは、二人旅だ。元賞金稼ぎでも腕のない男を連れてでは、無事でいられるかどうか……。


(血の気の多い輩。そう賞金稼ぎみたいな連中が、戦の元よ。でも物取りはともかく、妖獣は――。命より金、の賞金稼ぎくらいでなきゃ、誰も好き好んで退治なんてしないでしょうし。ああ、妖獣も賞金稼ぎも、この世界からいなくなればいいのに)

ジェリミナはハア、と溜め息を吐き、馬車にいる二人の青年に視線を向けた。


「あなたたち、ついているわね。剣に覚えのある者達がいるから、私たちと行けば安全よ」

ライノールを出る際、一座は奇妙な二人連れに遭遇した。

同行を頼まれ、受け入れたのは、彼らが無一文でなかったからだ。


見るからに育ちの良さ気な美しい顔立ちの青年と、目を惹くほどの美形ではないが清潔な顔立ちの青年。

 金持ちの息子と、そのお目付役か。もしかすると男同士ではあるが、駆け落ちだったりするのかもしれない。

大層な事情があるのだろう。

 詮索はしないでくれ、と大金を渡されていた。


「あら。あなたも剣を腰にさしているわね。少しは覚えがあるのかしら」

「いや……これは飾りのようなものだ」

「そうでしょうね」

細身の、いささか柔そうな青年だ。荒っぽさはなく、無骨で粗野な男達とは違う。

青年が僅かに顔を伏せた。

 揺れた黒髪に、ジェリミナは思わず触れたくなった。


(何なのかしら。妙に、色っぽいのよね。不器用そうで、面倒見たくなるっていうか)

他の馬車ではなく、自分の馬車に乗るよう指示したのはジェリミナだった。

もう一人の青年の方は、見掛けは素晴らしく美しくはあるのだが――どうも頭が弱いらしい・


「飾りのようなものって、飾りではないってことだな。では何だ?それは飾りなのか?それとも剣なのか?」

とわけのわからないことを言っては、口を閉じている約束だろう、と窘められていた。

 窘めている姿も、可愛い。

 年下の男と、一夜の燃え上がるような恋ができたら素敵なのだが。


(駆け落ちなら女に興味はないのかしら。女の良さを教えてあげたいけど……。まあ、頭の弱い方も、目の保養にはなるし)


 何の面白みもない旅路も、彼らと一緒ならば、しばらくは楽しかろう。

 ライノールから南。

 アイバーンへと向かう馬車に揺られながら、ジェリミナは思った。

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賞金稼ぎと金色の復讐者 御鹿なな @gorokunana12

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