第34話 謝罪

 宿に戻り、重い荷……ラキスをやや乱暴に、寝台へと下ろした。

 荷をまとめる。

 それほど多くないので、逃亡の準備はすぐに整った。


「おい。起きろ」

「ん……んん」

「起きろって」

 髪の毛を引っ張る。

「痛いっ。禿げるっ。ん?ここは……。お、お前、またおれを縛るのか。そのうえ、尻尾だけでなく、おれの髪の毛も抜くつもりかっ。もちろん生えてくるっ!生えてくるけど、つるつるはかっこ悪いじゃないか……」

「服を着ろ」

 眉を『ハ』のかたちにするラキスへ、服を渡した。

 こんな地味な服、似合わない、とラキスはごねる。


「そういえば……前にやった服はどうした?」

 シアはふと気になって、訊ねた。

「え?ああ……あれは脱いだ」

「脱いだのはわかってる。……どこにある?」

「脱いだトコにある」

「どこで脱いだ?」

「木のそば」

 どの木の傍なのかは……質問しても無駄そうだった。

(二着、彼に服を与えたことになる……。剣の新調をしたかったのだが、服の新調が先だ。というか、ギルドを辞めるのに、剣はもう必要ないか……)

 やったものを惜しむほど吝嗇ではない。

 けれど、もう少し大切にしてくれてもいいんじゃないか、と思った。

 気に入らなければ、大事にしないのも仕方ないのかもしれないが。

「しばらくはその服で我慢しろ」

 シアは不満顔で袖に腕を通すラキスに言う。

「しばらくって、いつまで?」

「……お前が妖獣の姿に戻れる時までだ」

「嫌だ……すごく嫌だけど、わかった。お前、怒るし。怖いし」

「下も。早く履け……」

「この服は嫌だけど、裸で縛られるよりはいい。裸で縛られると、腹が立って、うじうじする。この服着て縛られたことないから、わからないけど、この服着て、縛られた方が裸よりマシな気もする」

「縛りはしない」

「じゃあ何をするんだ?な、殴るのか?」

「殴りもしない」

「け、蹴るのか?首を絞めるつもりだな。いや、剣で突き刺して、おれを切り刻む……」

「何もしない」

「何もしない、何もしないって何だ?おれに服を着ろって、命令してるじゃないかっ」

「暴力……痛いことはしない、と言っている」

「痛いことしないなら、何をする?」

「……とりあえず、お前が服を着たら、宿を出る」

「宿を出るのか?それから?」

「ライノールを出る」

「ライノール……この街を出るってことか?それから、何をする?」

 矢継ぎ早に尋ねられ、シアは眉を寄せ、思案した。

「わたしは、この国を出る。……まずは、アイバーンを目指すのが、いいだろうな。あそこのギルドは活発でないし。砂漠がある。越えるのは容易ではないが、追っ手は撒ける」

「砂漠に行きたいのか?おれは暑いの苦手だ」

「一緒に……行くつもりなんだな」

「お前……おれを縛って、ここに放置して、その間に、逃げるのか」

「逃げない。いや、逃げるんだが……お前からは逃げない。だが……お前がこれからどうするつもりなのか、訊いておきたい。わたしを殺すにしても、妖獣の姿になるには時間がいるのだろう?だがわたしは、お前がわたしを殺す準備が整うまで、ここで待ってはいられないんだ。一緒に行くか、それとも別行動にするか。決めてくれ」

「一緒に行く。見失うの嫌だし」

「そうか」

「でも、でもっ……いつかは殺すけど、いつになるかはわからない」

「続けざまに尻尾を斬られたから……妖獣の姿に戻るには時間が掛かるのか?……まさか、戻れないのか?」

「怖いこと言うなよっ!戻れる。戻れる、たぶん。絶対」

 ラキスは自身に言い聞かせるよう、何度も頷いた。

 ならばなぜ曖昧な返答をするのだ、と訝しく見据えると、彼は目を逸らした。

「お前は兄を殺した。だからおれはお前を殺す。それは決まったことだ。だけど、けど、すぐにじゃなくてもいい気がするんだ。お前のこともっと知って、それからでもいい気がする。そんな気がしてきた」

 と、早口に言う。

「なぜ知る必要がある?殺すなら……」

 知る必要などなかろう。と、言い掛けた言葉をシアは飲み込む。


(何も知らず、心などないと決め付け、妖獣を殺した過去を悔いているくせに)

 知ったところで意味はない。

 殺すなら早めに殺して欲しい。身勝手な自分の願いに、気づき、自嘲した。


「最初の時にしくじらなければ良かったんだ。機を逃すと、何だかやる気がわいてこない。殺せって言われると、殺したくなくなる……というか、殺せって言うなら、最初の時、なんで抵抗した?最初の時、大人しく殺されてたら、よかったんだ」

「しばらくお前と行動を共にする。そして、お前がわたしを殺したくなった時、わたしは大人しく殺される。それでいいか?」

 ぶつぶつ文句を言うラキスに、シアは譲歩案を出す。


(殺意が熟すまで。死を待ち、生きる……)


 自棄になっている自覚はあった。

 彼に殺されるのを待っている間に、生きたいと思うようになるかもしれない。

 けれど、その時が来たら――大人しく殺されよう。どれだけ生きたくとも、命乞いも、抵抗もせずに。

 容易くはない。だが、妖獣を、彼の兄を殺した罰なのだ。待つ時間を含めて、復讐なのだ、とシアは思った。


「それでいい。そうする。だが、その前にお前は謝れ。最初の時、おれの尻尾を斬ったっ!黙って、おれの牙の餌食になってれば、よかったのに、おれの尻尾、斬ったっ。そのことを謝罪しろ」

「……」

「謝罪しろっ」


 あの時は、妖獣にこころがあるなんて知らなかったし……と言い訳したくなったが、言って理解する相手ではない。

 詰め寄られ、シアは合点がいかなかったが、頭を下げた。


「……すまなかった」

「もっと心を込めて謝れ」


 時間が勿体ない。さっさと宿を後にしたい。

 逸る心を抑え、三度、同じ言葉を繰り返した。


「いい加減にしてくれっ!急いでいるんだっ!一緒に来るなら、そのペラペラと、よく開く口を、半分くらいに留めてくれ。わたしは五月蠅いのは苦手だ。あんまりお喋りが過ぎると、剣を口に突き刺すぞっ」


 四度目の謝罪を請われ、流石に苛ついてきて、シアは怒鳴った。

 青ざめたラキスが、ごめんなさい、と消え入りそうな声で言った。

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