第33話 後悔
急所は外れているとはいえ、止血せねば命に関わる。
ザストの上衣を脱がせ、脱がせた服を剣で切り裂いて包帯代わりにし、処置をする。
その間、ずっと。
ラキスは痛い、痛い、と繰り返していた。
尻尾をなくしたラキスは人間の姿になっている。
太股の辺りにかすり傷があるだけで、前の時と同様、尻からは血を流していない。
「うう……痛い……尻尾生えたばかりなのに、またなくなった。痛い。死にはしない。けど、死ぬほど痛い」
(ザストをここに放置するわけにはいかない。こんな場所に放置すれば死んでしまう。誰か、人を呼んで)
「痛い。うう……ひどい。二度も斬られた。どうしよう。生えてこなかったら。うう、痛い、痛くて死ぬ」
(酒癖はともかく、人柄は悪くなかった。命を狙われたのだって……ミリラナがどうとか言っていたな。どういうことなんだ?)
「痛い。尻が痛くて痛くて、死んじゃいそうだ」
(というか……経緯はともかく、三つ葉を、ギルドの組員を斬った……。ギルドに知らせるべきなのだろうが……。よく考えれば、わたしはとてもマズイことをしでかしたのでは。いや、釈明すれば、わたしが斬ったことは自衛だと、罪に問われないかもしれない。だが、そうなるとザストは)
「痛いーいたいーっ」
「うるさい。黙れっ」
横で叫ぶラキスを、シアは一喝した。
(どうしてこんな面倒なことになってしまったんだ……何も考えたくない。逃げ出したい)
厄介な状況から逃避する手段をあれこれ考えていると、しばらくして、嗚咽が聞こえ始めた。
「お前、わたしを殺しに来たんだろ。だったら、早く殺せ」
『逃げ』の得策が閃いた。
「ひっ……ぐ、だめっ……この、すがたじゃ、むりっ」
泣きじゃくりながらのラキスの返答に、シアは大きく溜め息を吐いた。
今すぐ死が与えられないのならば、これからのことを考えなければならない。
ザストを、人を斬ったことに後悔はない。
命を奪っていなくとも憎しみは生まれる。近親者ではなく、ザスト本人がシアを憎むはずだ。斬る前から憎まれていたが……憎悪は深まるだろう。
誤解がもし解けたとしても、斬った事実に新たな恨みがとって代わる。
後悔はなくとも気は重い。
これ以上、重い気持ちになりたくない。
人も、妖獣も、斬りたくなかった。
斬れない賞金稼ぎに存在価値はない。ギルドの賞金稼ぎに名を連ねることは、もうできない。そう思った。
(どうせ賞金稼ぎとしてやっていけないんだ。ギルドを追われても構わない。釈明して、ザストに罪を背負わせる必要はない)
ザストへの同情や善意ではない。シアは自棄になっていた。
(殺されそうになって斬ったのではなく、妖獣を庇って斬ったようなものだし)
悪いのは自分だ。
そう決めると、気持ちが楽になった。
「とりあえず……宿に戻ろう」
荷物がある。荷をまとめて、ライノールを出よう。
ギルドの同胞を斬ったシアには、すぐに追っ手が掛かる。
(もしかするとザストが事実を告白するかもしれない……いや、制裁を受けると知っていて正直に告白はしないか。そもそも事実は、わたしが妖獣を殺そうとしたザストを斬った、だが……)
いろいろと思案するうちに、どうでもよくなってくる。
面倒だった。
何もかも面倒で、だから、もういい、と思う。今は、逃げよう、と決めた。
心残りは、レドモンのことだ。シアがギルドの咎人になれば彼に迷惑が及ぶかもしれない。
(レドモンならうまく切り抜ける。大丈夫。わたしなんかが心配しなくとも)
寧ろ心配など失礼だ。
無責任で薄情だと恨まれるかもしれないが……。
「仕方がない……大丈夫」
自身に言い聞かせ、頷くと、大丈夫じゃない、とか細い声がした。
「痛い……死ぬ。大丈夫じゃない」
涙目の上目遣い……犬の姿をしていないのに、捨てられて腹を空かせた可哀想な仔犬のようなラキスと目が合う。
重たい荷物の存在に憂鬱になった。
(だが、これも……置いてはいけない)
シアは上着を脱ぎ、全裸で座り込んでいる青年に掛けてやった。
痛くて歩けない、と言うので、ラキスを背負った。
自身と同じくらいの体格の男を背負うのは少し難儀だった。
薄手の肌着ごしに、胸を鷲掴みにされたが……ささやかな胸だ。痛かったが、まあ、いい。密着した背中に当たるものについては、敢て考えないよう心懸けた。
耳元で痛い痛いと喚かれ、黙れと一喝した。黙ったが、ぐすぐすと鼻水を首筋に擦りつけてくる。それも、まあ、いい……。
畦道から脇道に入ったところで、若い男女の二人連れに出会った。
向こうで誰か倒れているみたいだ、と教える。
彼らだけでは心許なかったので、ライノールに来てすぐ、妖獣の情報を仕入れた酒場にも足を向け、賞金稼ぎが誰かに襲われたみたいだ、と他人事のごとく伝えた。
みな一様に、不審気な視線を向けた。
金髪の見目好い青年が、上衣だけ羽織り、太股を露にし、シアの背中で泣いているからだ。シアの上半身が肌着一枚なのも、多少は原因になっているのかもしれないが。
すっかり日は落ち、暗くなっていたが、通行人はゼロではない。
宿に戻るまでに数人と擦れ違った。好奇の目を向けられるうちに、後悔の念が生じた。
(大したことではない。他人から変な視線を浴びようが、胸を掴まれようが、股間を擦りつけられようが。鼻水で首が気持ち悪いのも、重たいのも、うるさいのも鬱陶しいのも、まあ、いい。……だが、まあいいも、積み重なると、よくなくなってくる……)
助けるんじゃなかった。背中のものを投げ捨てたい。
今更後悔しても遅いし、ぐずぐず言っているうちに眠り始めたラキスを投げるほど、無情ではない。
(痛いわりに……寝るんだな……)
後悔。空しさ、苛立ち。様々な想いが交錯し……最期には呆れが残った。
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