第30話 予期せぬ者
※
三日が過ぎた。
寝込みを襲われても抵抗しないと決めていたので、夜はぐっすり眠れた。
もうギルドに足を運ぶ必要はない。
死を間近にしても、とくにしたいこともない。
シアは残りわずかな日々を、ぼんやりと過ごしていた。
しかし――最初は穏やかな時間を過ごすのもよいものだ、と思っていたのだが、もともと無趣味なこともあり、だんだんと暇を持て余してきた。
(まだ、妖獣の姿になれないのか……。もしかして、実はただの人間ってオチじゃないだろうな)
少し不安になってくる。
気が変わり、復讐を諦めた、ということも考えられる。
もしラキスがシアを殺しに来ないのならば、これからのことを考えなければならない。
とりあえず……あと一週間待って、それから考えることに決める。
死を待っている状態でレドモンに会うのは憚られた。
殺されることにした、と打ち明けることはできないし、死ねるかどうかも定かではない。
(だが、わたしが死んだとして……。不義理じゃないか?)
レドモンはシアにとって唯一の親しい人物だ。恩義もある。別れの挨拶くらいはしておきたくなる。
手紙でも残せばいいのだろうが、一目だけでも会っていおきたくなった。
(会えなかったら、運がなかった、で……会えたら、とりあえず感謝だけ言って)
レドモンは察しがいい。
シアの気持ちに気づくかも知れない。
けれども……きっと彼は気づかないふりをする。そんな気がした。
夕暮れ時。
朱く染まった街中を歩いていると、背後に気配を感じた。
(運がなかった、ということか)
苦笑いし、ギルドへ向かうのを止めた。
あと少しすれば、日は落ち、人通りも減るだろうが。どちらにせよ、大通りは避けた方が良い。
宿にいる時を狙えばいいのに、と思うが、宿主に血で部屋が汚れるなど、迷惑だろう。
外で良かった、と考え直す。
(襲うのはもう少し待てよ……)
背後の気配に心の中で語りかけながら、街外れへと足を向ける。
脇道を抜け、畦道に。
人の手が加えられていない森が見える。
そこはシアがライノールに来てすぐ、妖獣を仕留めた場所だった。
想い出にするには浅い時間なのに、ひどく懐かしく感じた。
一国の首都なのに、少し道をそれれただけで長閑な風景が広がる。
静穏な景色に安らぎを覚え、うらはらに荒れる政情を哀れに思う。
この国に来て、処理した依頼は一件だけ。
レドモンの役に立てず、申し訳ないと思った。
この国に来るのは間違っていたのか……いや、ライノールに足を踏み入れる前から、ラキスはシアを追っていたと言っていた。
いつかは出会っていただろう。
早いか遅いかの違いしかない。ならば早い方が良かった。
(何も知らないまま妖獣を斬り続けるよりは、ずっと――)
風が吹いた。
朱かった周囲は、蒼く染まっていた。
「遅かったな」
足を止め、一呼吸し、シアは背後の気配に言う。
ゆっくりと振り返ったのだが――予定とは違う人間の姿に、驚いて、瞠目した。
「な、何だ……ええと、どうして」
そこにいたのは、見知った人物だった。
偶然出会すような場所ではないし、状況から考えて、シアを尾行していたのは彼なのだろう。
「……わたしに、何か用でも?」
街で見掛け、声を掛けそびれ、追ってきたのか。
シアが問うと、男は腰に帯びていた剣を抜いた。
白銀の刀身に、シアは身構える。
だが状況を掴めなくて、柄に手を這わせたはしたが、鞘から剣を抜けない。
「三つ葉としての経験はあんたの方がある。だが技量が負けているとは思わない」
険しくシアを睨み付け、男……ザストは言った。
「わたしの力量を試したいのか?なら、わたしの負けでいい」
酒癖はともかく、気さくで、劣等感や優越感など負の感情とは無縁な男だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
失望はしないが、少し呆れた。
言い残し立ち去ろうとするが、ザストは待て、と呼び止める。
「……ギルドが賞金稼ぎ同士の争いを禁じているのは知っているだろう?わたしと剣を交えたところで、得るものなどない。三つ葉の地位だけではない。ギルドを追われることになるぞ」
剣を下ろさないザストに、シアは口調を厳しくした。
「ギルドを追われるのは覚悟の上だ。いや、あんたを殺せば、無問題だ。俺があんたを殺った証拠なんてないからな。夜盗にでも襲われたのだろう、って処理されるさ」
単なる手合わせでなく、殺害が目的なのか。シアは眉を潜めた。
「わたしを殺したことを黙っているなら、箔はつかないぞ」
「箔なんて欲しくはないさっ」
ザストは言い捨て、斬りかかってくる。
シアは剣を抜き、刃で刃を受け止めた。
「ならば……何が目的だ」
「あんたを殺すことだっ」
シアは彼の剣を押し返し、払う。
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