第31話 殺意の理由

「殺される理由がわからない。なぜ、わたしを狙う?……復讐か?」

 ザストが態勢を直す瞬間、隙をつき刃を向けることはできた。

 けれど――彼から向けられる殺意の理由を知りたかった。


(力試しでないとしたら。ザストも妖獣、なのか……?)

 シアは人を斬ったことはない。

 けれど妖獣の肉親やら恋人ならば、斬ったかもしれない。

(ラキスの復讐は受け入れたのに、ザストの復讐を拒否するのは、公平ではない。彼にも殺されてやるべきなのかもしれない。しかし――)

「悪いが先約があるんだ……一週間くらい待って貰えないだろうか?」

 一週間後。

 シアが生きていたならば、ザストに殺されてやってもいいと思った。

「何を言ってやがる!」

 怒鳴ると同時に、ザストは剣を振り上げる。

 シアは素早く、身を躱す。

 ザストは舌打ちし、シアを睨んだ。


「まあ……あんたも理由もわからず殺されるのは理不尽だろうからな……教えてやるよ。すかした顔して、真面目なふりして。お前さんはろくでもない。女の敵だ。よくもあいつを弄んでくれたなっ」

「……は?」

 わなわなと唇を震わせ、男が語った殺意の理由に、シアは目が点になった。

「鬼畜好色男がっ!」

「ち、ちょっと待ってくれ。何のことかわからない」

 身に覚えがなかった。

 そもそもシアは男でもない。暴言に、慌てた。


「わからないだって、胸に手を宛ててみろっ!ミリラナを誑かした挙げ句、弄び、そして捨てたっ!」

 ミリラナ……ミーナ。宿の娘の名前だ。

 嘘は吐いた。誤解も与えた。

 不快な気持ちにさせたかもしれない。だが、誑かしも、弄びも、捨てもしてはいない。

「人違いじゃないか?」

「この期に及んでまだ白を切るつもりかっ。ミリラナは泣いていたんだぞ。騙されたってっ」

「騙したことにはなるんだろうが……こちらにも事情があり、真実を告げるには色々と」

「何が色々だっ!女なんて沢山いるだろうに。よりにもよって、俺のミリラナに手を出すなどっ。確かにあいつは可愛い。俺が惚れるくらいいい女だ。だが、だからといって、純真なミリラナにっ」

「待ってくれ。落ち着いて話をしよう」

「話したところで俺の意思は変わらん!女を理由に剣を向けるのは、愚かに見えるだろう。俺だってミリラナに会う前だったら、情けない奴だと嗤っていたさ。だが真実の愛は男を愚かにするものだ。そして愚かだからこそ、その恋は本物なんだ。己のすべてと引き換えにしても手に入れたい価値ある恋なのだ!若造に、快楽だけをおい、本物を知ろうともしない。貴様にはわからないだろうがな」

「いや、恋の話ではなく」

「話は終わりだ。俺はミリラナのために、お前を殺すっ」

 途中だというのに話を勝手に終わらせ、ザストは剣を手に突進してくる。

 剣を向けられる理由が、説明をされても、まだいまいちよくわからない。

 わかっているのは、大きな誤解があるということだけ。

 誤解を解こうにも、ザストは頭に血が上っているのだろう。こちらの弁解を聞いてくれる状態にない。

 彼もまた三つ葉の賞金稼ぎだ。

 防戦で応えるのにも、限界がある。

(わけのわからない事情で、殺されたくはない)

 だが……それでも――。

 シアは人を斬ることはできない。


「ちょこまかとっ!」

「うっ……ぐ」

 剣先に集中していて、反応が遅れた。

 足を払われ、シアは無様に転げる。

「俺の勝ちだっ」

 男は握った剣を振り上げる。

 緩慢に振り下ろされる刃。

……シアの目に映る速度と、実際の速度は違う。

 ゆっくりな、一瞬。

 躰は躱す余裕のない一瞬だった。しかし、心はゆっくりと生を諦め、死を受け入れる。

 そのため――目を閉じていたシアは、割って入った存在に気づくのが遅れた。


「うわっ」

 ザストの叫び声で、目を開ける。

 薄闇の中、ザストの腕に何かがぶら下がっているのが見える。

 ザストが犬に噛みついかれている。いや、犬じゃない。

(犬に見えるが、あれは……)

 以前、シアの寝込みを襲った。あれは、ラキスだ。


「お前……どうして」

 事の成り行きを把握するのに、少し時間が掛かった。

「何だこの犬。くそ、離せっ」

 ザストは腕を振り回す。

 ぎゃんと鳴いて、ラキスは地面に転がった。

 だけどもすぐさま起き上がり、姿勢を低くし、唸る。ザストの方を向いて。


「やめろラキス。相手を間違っている」

 威嚇し、今にも襲いかかろうとするラキスに、シアは言った。

 てっきり薄暗くて、人間違いをしているのだと思ったのだ。

 紫の瞳がシアを一瞥する。


「……遅かったな」

「遅くなんてないっ!ちゃんと尻尾も生えた。お前と別れたあと、すぐに生えたんだっ。けど、けど。何か、もやもやして。もやもやしてたら、ちょっとだけ遅れた」

 犬が喋っている。いや、犬ではないが……。珍妙な光景であった。

「そっちの姿でも喋れるんだな……」

「おれはいつだってぺらぺらだっ。というか、何なんだ!お前殺すのおれなのに、なんで他の奴に殺されてるっ」

「まだ殺されてはいない」

「約束したっ。殺しに来いって。おれだけじゃなく、他のとも約束してたのかっ。お前は大嘘吐きだっ!」

「約束はしていない。不可抗力だ」

「約束を破る奴は悪。人間は悪者だ。だからお前が嫌いだ!」

 人の姿でも、妖獣の姿でも、言動は支離滅裂だ。

(姿は違っても、こころが同じなら当然か)


「な、なんだよ……こいつは」

 シアが溜め息を吐くと、第三者の、それも人語を喋る犬の介入に唖然としていたザストが震えた声で呟いた。

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