第26話


「……どうして、人間ではないと言い切れる。人間の姿をしていて……人妖とかそういうのでもなく、ちゃんとした……どこからどう見ても、人間の姿をしているんだぞ。人と違うのは、髪の色が変わるくらいで」

「髪の色?」

「金髪が、太陽の光を浴びると茶色になる。陽がかげっている時は金髪だったから、昼とか夜で変わるのではなくて、日射しが原因なのだろう」

「へえ。それは初耳だ。妖獣は闇の生き物とも言われているから、光の前では変化するのかも知れないね。興味深い」

「いや、色が変わることは……大した問題ではない。それよりレドモン。わたしの言葉を理解し、喋るんだ。頭は悪いのか受け答えはおかしいが……彼は人間にしか見えない」

「彼?男なの?」

「ああ」

 ふうん、と呟き、再び黙り込む。

「レドモン?」

「妖獣の祖先、起原は、『眠りの時代』で粛正された骸を食べた動物たちだと言われている」

 穏やかな、だが普段より低い声音で、レドモンは言った。


 いきなり史談が始まり、口を挟み掛けるが、レドモンはシアにそのすきを与えなかった。


「だがこれは後生の人間が作った、ただの説話だ。自分たちより強い存在の起原を下等なものすることにより、恐怖心を克服する。今も昔も人間とは浅はか生き物だ。生まれた場所……国、血で、優越感に浸り、劣等感に苛まれる。まあこれは余談だが。とにかくそういう説話があるが、これは嘘だ。現代では信じている人間は少ないだろうがね。妖獣は妖獣として進化し、人は人として進化をした。別の道を辿ったに過ぎない。これが今の定説だ。しかし僕は、……あくまで私見だが、人が進化した姿。それが妖獣なのではないかと思っているんだ」

「……は?」

「いや違うな。思っているのではなく、そうであればいい、と願っているんだ。強靱な身体に憧れている。妖獣は不老不死でないものの、寿命は人間の何倍もあると言われているしね。みな認めたがらないが、妖獣は人という種族より、ずっと優れた存在だ」

「……何が言いたいのか、わたしにはわからない」


 言葉の意味は理解できる。生物に優劣などありはしないと思うが、私見と前置きしている意見に、反論する気にはならない。

 けれど、今、どうしてそんな話をするのか。彼の意図がわからなかった。


「全ての妖獣が人の姿を持つわけではないが、人と獣の姿を兼ねた妖獣もいる。上半身が人、下半身が獣、ではなくてね。人であり、獣でもある、妖獣だ。彼らは……進化の途中なんじゃないかと、と僕は思っているんだ。アッシュヘルの学者に言ったら、鼻で嗤われたけど。事実がどうであれ、その方が夢があるって思わないかい?」

 進化の先が妖獣。夢、などない……。

 妖獣に憧れている人間などごく一部、というか今までお目に掛かったことなどない。奇特なレドモンだからこその台詞だ。


(いや、そんなことはどうでもいい……それより)


「……人に変化する妖獣がいる。そういうことか?」

「人であり、獣でもある。純粋な人間でも、獣でもない生き物を妖獣と呼ぶならば。まあ、そういうことだね」

「そんなの……初耳だぞ」

「知っている者自体が、多くないね。アッシュヘルは学問が盛んで、妖獣の生態について調べている人達もいたけど、公には発表されていない。ギルドだと、上の人間は知ってはいるんだろうが……ああ、僕は前に、そういった種類の妖獣に遭遇してね。それで色々調べたから、知っているんだ」

「そんな大事なこと……」

 なぜ、一般に知らされていないのだ。シアは顔を険しくさせた。


「大事?さほど重要でもないだろう?妖獣の生態を知ったところで、襲われた時の対処法なんてないに等しい。戦うにしたって、妖獣は人の姿で襲ってくるわけじゃない。そういった妖獣が全てではないから、遭遇する確率は低いし。賞金稼ぎの中で、妖獣を好き好んで選んでいる奴は滅多にいない。君くらいだ。その君だって、初めて人に変わる妖獣に遭ったのだろう?」

「それは……そうだが」

「知らなければ大事ではない。けれど、知ってしまえば大事になる。だから公にはしないんだ。……わかるだろう?」


 人間と姿が変わらぬ妖獣がいる。それが公表されれば、人々は混乱する。

(人だと思っていても、妖獣かもしれない。通りすがりの他人、隣人、目の前にいる人間が本当に人間なのか、疑うようになる……)

 シアは唇を噛んだ。

 人の姿を持つ妖獣の存在は確かに秘密にするべきだ。知ったところでどうしようもなく、不安を煽るだけなのだから。けれども……納得がいかない。


「だが、それでは……。……みな、危険を知らずに過ごしていることになる」

「危険?」

「人だと信じ、妖獣だと気づかなければ、逃げることができない。危ないと気づくこともできないんだぞ」

「妖獣は確かに危険な生き物だ。人を襲いもする……。だが、シア。人を襲わない妖獣もいる。みながみな人に対し、好戦的なわけではないんだよ。……考えてみたことはないかい?妖獣と人の……いや、妖獣と獣の違いを?」

「違い?」

「獣と異なる、異形の妖獣もいるが、中にはさほど獣と違いがない妖獣もいる。そういった種類の妖獣は、強さや生命力が獣とは違うことで妖獣だと判断する。そう、戦ってみないとわからないんだ。戦うってことは、その妖獣が人を襲ったってことだ。ならば、襲って来なければ?何で判断する?」

「それは……」

「ただの犬、子猫だと思っていても妖獣の可能性がある。異形でも、もしかしたら獣の突然変異かもしれない。そもそも人間にとって妖獣は未知の生物なんだ。自分たちを襲ってくるわけのわからない怖い生き物。それを妖獣と呼んでいるに過ぎない。無害な妖獣は僕たちにとっては、ペットとそう大して変わりはない」

「だが……妖獣だ。今は襲わなくても、いつかは襲ってくるかもしれない。人の姿をしていたら――危険に備えることができない」

「襲ってくるときは、人の姿なんかしていないさ。もし人のまま襲ったとしたら、人が人を襲ったでいい。人が人を殺すことなんて、この世界ではよくあることなんだから」

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