第12話 非力な男
腰に帯びた柄を指で触った時、ラキスがふいに蹲った。
「お腹が痛い……」
膝を付き、腹を抱える。
「お腹が痛くなった。痛くて、たまらない」
「大丈夫か。さっき男達に襲われた時に、殴られでもしたのか」
あまりの棒読みに、顔が引き攣るが、棒読みで返した。
演技力に大差はない。
だが、シアはラキスの演技に気づいていたが、彼の方は全く気づいていなかった。
ゆっくりと近づき、男にしては貧弱な肩に手を置く。
ラキスは待ってましたとばかりに、シアの腕を掴んだ。
あまりに弱い握力に躊躇し、シアは青年の動向を見守ることにした。
押し倒される。
「ハハ、騙されたなっ!本当は、お腹なんて痛くないっ!」
腹の上に馬乗りになった青年は、勝ち誇った顔で笑った。
「悩んだけど、正解だったっ!弱いと油断するって思ったんだっ!卑怯じゃないっ。おれの頭の良さが勝ったっ!それにおれは目的のためには手段を選ばないって誓ったっ!」
「……目的?」
シアは冷ややかに見上げる。
「ハハッ。お前はここでおれに殺され死ぬんだ」
「金目当てか?それとも……」
今までとくに考えたことはなかったが、賞金稼ぎの中にはシアを快く思わない連中もいた。
若い三つ葉への――いや金を稼ぎまくっていることへの嫉みである。
だがいくら妬ましいからといって、シアを殺してもメリットはない。
同胞を殺しは、ギルドの戒律でかたく禁じられていた。
最も罪深く、最優先の賞金首として、大陸中の賞金稼ぎから追われることになる。
人を雇い、物取りに見せかけて殺すのか、とも考えたが、そんな手間を掛ける価値が自分にあるとは思えなかった。
シアは他人と深く関わっていない。
嫉妬は年月を掛け、殺意へと熟成されるものだ。
知り合いの域を超えない人間には、あいつムカつくなぁ、嫌味を言ってやる、程度の嫉妬しか向けられない。
(……ただ単に金目当てだろう)
シアが賞金稼ぎだと、どこかで耳にし、金を持ってるから襲ってやろう、と思ったに違いない。
女に見えない……平凡な顔立ちのシアに、美貌の青年が欲情した……。想像力を駆使しても、その可能性は、あり得ない。
殺される理由は金以外ないだろう。
まあ、嫉妬ではなく、金目当てに同胞が人を雇った可能性もあるかもしれないが――。
(ギルドに寄って、金貨を受け取ったばかりだしな……だとしたら、ライノールの賞金稼ぎか……。もしかしてザストか。酒場に誘ったのは、最初から襲うつもりで……それなら彼の演技力は大した物だ。完全な、本当の酔っ払いに見えた。……というか雇うにしても、もっと良い人材がいるだろうに)
つらつら考えているうちに、青年の上機嫌だった顔が険しくなっていった。
「金目当て……金目当てっ!おれがそんな低俗な理由でっ……馬鹿にするなっ!」
「……違うのか?」
「知りたいか?ははっ、いいだろう。教えてやるぞっ。復讐だっ!お前はおれ兄を殺した。だからお前を殺すっ!」
予想外の答えに、シアは驚いてラキスを見返す。
「……悪いが、人違いだ。わたしはお前の兄を殺していない」
「うるさい。黙れ。死ね」
ラキスの両手が首に伸びた。
白く細い指が喉に絡みつく。
力が籠められる寸前で、シアは右掌で肩を、膝で腹を押しやった。
「うっ……」
加減したつもりだったが、ラキスは吹飛ばされ、盛大に尻餅を付く。
「うう……痛いっ、痛いっ」
棒読みではない。感情の籠もった声を上げ、蹲る。
「うぐ……よ、よくもやってくれたな……さ、さすがだ……す、少し、侮ったか……うう」
押し退けただけで、攻撃してはいないのだが。
青年はかなりのダメージを受けているよだ。
(見かけ以上に非力だ……)
おそらく同年代で……男である。あまりのか弱さに、シアは少し同情した。
「大丈夫か?」
肩に手を伸ばすと、びくりと震え、竦み上がる。
触れかけた指を引っ込め、シアは溜め息を吐いた。
「本当に誤解だ。君の兄を殺したのはわたしではない。人違いだろう。……君の兄さんを殺したのは賞金稼ぎか?わたしも賞金稼ぎだが、人を殺してはいないし……ライノールに来たのも、五日前だ。……もし良かったら話してくれないか?力にはなれないだろうが……話を聞くぐらいは出来るし……どうしてもというなら、君の兄さんを殺した相手を探してやってもいい」
復讐なんて馬鹿げている、と思う。
たとえ後ろめたいことがないのに賞金首にされ、殺されたのだとしても。
かたきをとったところで、死んだ人間は戻って来ない。
だが、復讐したいという心は理解出来るし、シアに復讐する意思を留める権利はない。
手助けする義務もなかったが。
(仇討ちはともかく、兄を殺した相手を知る権利はあるだろう)
復讐相手を間違えているのは、愚かを通り越し、哀れであった。
それに身に覚えのない恨みを向けられるのも困る。
本当の復讐相手を特定しない限り、疑いは晴れないだろう。
探してやって、その後、どうするかは彼が決めればいい。
「復讐したいなら復讐すればいいが……君もまた賞金稼ぎに追われることになる。人を殺すことは、たとえどんな理由があろうと罪だ。君が兄さんの死を悲しむように、誰かが君の殺した奴の死を悲しむかも知れない。君が今、抱いている憎しみを、君が向けられることになるんだ。それに……」
そんなに非力では返り討ちにあうぞ、と続けたかったが、やめた。
いくら真実でも失礼だ。
ラキスはシアを仰ぎ見た。
やめた言葉の続きを察したのか、諭され腹が立ったのか。
暗闇の中でも、灰色の瞳がギラつき、シアを睨んでいるのがわかる。
「調子に乗るなよっ、小娘。おれのたくさんある作戦のうち、ひとつが駄目になっただけで、まだ勝負がついたわけではないっ」
坊主と呼ばれたことはあったが、小娘と呼ばれるのは初めての経験だった。
感動や悦びはなかったが、新鮮な気持ちになった。それ故に、反応が遅れた。
「今はひく。だが必ず兄のかたきを取るからな」
腹を押さえ、覚束無い足取りだったが小走りに、青年は雑木林の中へと消えていく。
シアは少し遅れて追い掛ける。
追いつけない距離と速さではなかったので、悠長に構えていたが、木々と暗闇に紛れ、見失ってしまった。
耳を澄ますが、足音は聞こえない。
木々のざわめきに、紛れてしまったのだろう。
(誤解だと言ったのに……あの様子だと、聞いてはいないな……)
ライノールにいる間、狙われ続けるかもしれない。
ただでさえ、最近、つけられている気がするのに……。と、そこでようやく同一人物である可能性に思い至った。
目立つ容貌だが、外套を被っていたり、何かしら変装していて、見逃していることも考えられた。だが……街中ならともかく山道でも気配を感じたし……怪しい気な人物もいなかった、はずだ。
それに先ほどの青年に俊敏な動作が出来るのか、と考えると、可能性は極めて低くなった。
(まあ、いいか……)
誤解したままなのだから、近いうちに姿を見せるだろう。その時、問いただせばいい。
そして、もう一度、違うと言う。
命を狙われている。
危険的な状況に置かれてもシアが呑気だったのは、賞金稼ぎという生死と隣り合わせの職業だからではない。
青年があまりに愚鈍でか弱く、力の差が歴然としていたからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます