第10話 金色の男

 逡巡しているシアの耳に、下卑た嗤い声が聞こえてきた。

 話の内容からして、絡まれているのは、どうやら女性らしい。


 彼女に待ち受ける非道な運命を想像するのは容易い。

 同じ性を持つからだろうか。それとも死そのものは、身近だからか――。

 ただ単に殺されるよりも、残酷に感じられた。


 右指を。腰に帯びた剣の柄に這わせ、シアは路地へと足を踏み出した。


「そんなに怖がんなよ。俺たちが悪いみたいじゃねえか」

「最初に喧嘩ふっかけて来たのはアンタだろ?今更、ビビんなって」

「この髪って染めてるの?」


 取り囲んでいるのは三人。

 みな大柄で、似たような恰好をしている。


「おい。何をしている」

 シアは彼らの背後から声を掛けた。

 男達は一斉に振り返る。


「何だ坊主。仲間に入れて欲しいのか?……ぐふっ」

 シアはにやにや嗤う男の股間を蹴り上げた。


「てめえ、何しやがるっ」

 シアが腰から剣を抜くのを見て、前屈みになった男以外の二人がすかさず、短剣と、大剣をそれぞれ構えた。


 シアはまず、鞘に収めたままの剣先で大剣を払った。

 その隙を逃さず、男の手首に剣を振り下ろす。大剣が、ガランと地面に落ちたのと、男の鳩尾を突くのがほぼ同時。

 うぐ、と呻いた男は前屈みになった。、

 そして、シアはその男の隣で、目を丸くさせ立ちすんでいる短剣を持っていた男の手首を蹴りあげる。


 男達の背後。

 壁際にいた人影の腕を取った。


「走れっ!」

 たじろいでいる腕を引っ張り、駆け出した。


 大通りに出て、反対側の路地へ入る。

 入り組んだ路地を抜け、別の道へ出た。


(もう追っては来ないだろう……顔も、暗かったから……次に会っても気づかれない……ことを願う)


 この程度走ったくらいでは、シアの息は上がらない。

 しかし一般女性にはきつかったらしく、後方からゼエゼエと荒れた息がした。


「大丈夫か?」


 掴んでいた腕を外し、腰を曲げ、忙しなく肩を上げ下げしている女を見下ろす。

 ごほごほ、噎せ始めたので、背中を撫でてやった。


 女はお世辞にも身なりが良いとは言えなかった。

 清潔さと機能性以外は頓着しない。洒落っ気の全くないシアが哀れんでしまうほど、みすぼらしい服装だった。

 白い麻服に茶や臙脂色の布を継ぎ接ぎしている……そのうえ、黄ばんでいた。


 たぼついた衣服を纏っていても、女性らしい丸みはなく、骨張っているのがうかがえた。


「奴らは追ってきてはなない。もう安全だ。……大丈夫か?」

 息が落ち着いてきたのを見計らい、もう一度問う。


 女はゆっくりと曲げていた腰を正した。

 日は落ちていたが、近くに街灯がある。

 女の姿は闇にまぎれず、克明にシアの瞳に映った。


 最初に驚いたのは、髪だ。

 無造作に肩に降りかかった、金色の髪。

 金髪の人間は多くはないが、希少ほど少なくもない。国にもよるが、人々で賑わっている市場に行けば、十人くらいは金髪がいるはずだ。天然でなければ、もっといる。


(金色だ)

 色を表現するのは難しい。

 同じ赤でも暗かったり明るかったりする。明るいから朱色と呼んでも、朱色と呼ばれる色にだって違いがある。


 金色も種類があって、茶色に近かったり、黄色に近かったりするが、今、目にしている色は、茶色や黄色よりではない。どんな金色なのだ、と問われれば、本物の金色、と答えるだろう。

 ただ、絹糸のような髪は縺れてたり、はねていたりして、色以外は綺麗とは言い難かったが。


 金髪の次に驚いたのは、顔だ。

 くすみのない白磁の肌。

 切れ長の二重に、通った鼻梁。薄くかたちの良い唇。頬が若干赤らんでいたが、美貌が損なうことはなく、どこを取っても完璧な容貌であった。


 レドモンやザストのような整った顔立ちではない。おそろしいくらい整った顔立ち――だった。

 美貌に目を見張るのと同時に、シアは自身の間違いに気づく。


(女顔の部類だが、男だ……)


 輪郭は滑らかだが若干骨張っている。

 顔立ちも綺麗ではあるが、愛らしくはない。

 細身だったが、肩幅は割とある。

 女性とはあきらかに異なる骨格で、身長も女にしては高く、目線の位置はシアと同じだった。


 男に間違えられるのが常であったがシアは女だ。目の前の人物も、シアと同じく男っぽい女である可能性もあったが……くたびれた襟のせいで胸元がかなり露になっていた。


 服を着込むと平らに見えるが、薄着だとシアが男に間違えられることは……たぶんない。僅かだが膨らみがある。

 だけども目の前の人物の、真っ白な鎖骨の下辺りは平たい。麻布で隠れた部分も真っ平らで、どう見ても男の胸板だった。


「君は……男性だ、な……」

 シアは確認する。


「性別は、オスだ」

 不快気に眉を寄せ、彼は言った。

 聞き取りやすい明瞭な声音だったが、解り辛い答えだった。


「……そうか」

 一拍置き頷く。


 メスとかオスとか……。動物ならともかく、普通、性別をあらわすのに、そんな単語は使わない。

 馬鹿にされたと不快になる者も多いと思う。

 ライナスでは、そういう言い方が流行っているのだろうか。


(というか……男なのに絡まれていたのか……)


 暗かったから、女に間違えたのかもしれないが……。

 破落戸は彼の髪の色に興味を示していたので、街灯のある大通りで絡まれ、路地へと連れ込まれたに違いない。ならば彼が男だとわかっていたはずだ。


(まあ、仕方ないか……)

 女より男を好む男もいる。

 それに何より、目の前の彼は綺麗過ぎた。

 性別などどうでも良くなるくらい、際立った容貌をしていた。


 醜いよりは美しい方が生きやすかろう。

 だけども、美しさも度を超えると厄介だ。

 男……いや、女であっても弱者な上に、容姿を武器に出来ないのなら……人生は困難だ。

 一番、気楽なのは平凡な顔である。

 女らしくなくとも、醜くも美しくもない。

 自身の容姿を恵まれているとシアは思った。

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