第3話 ギルド
『白き乙女』とは世界が今の世界になる前。
粛正と改革の『眠りの時代』を迎える以前、太古に存在したと言われる剣士の通り名である。
嘘か真か。
神話となり語り継がれる、太古の歴史には英雄と呼ばれる者が多くいた。
災いをもたらす竜を倒した『赤い双剣』、乱れた世を治めた『緑の剣王』が有名だ。
そして他の神話の英雄譚と比較し、『白き乙女』が何をしたかというと……剣を振り回していただけである。
善き者も悪き者も平等に、その剣の餌食となった。
後生の人々への教訓もない。
おそろしく強かった、だだそれだけの人物であった。
強さの象徴を求めたのか、善人悪人に関わらず切り倒したことに共感したのか。
先人がどういうつもりで、名を借りたのかはわからないが、シアの所属するギルドは『白き乙女』と呼ばれていた。
今では『白き乙女』といえば、神話の剣士ではなく、がめつい、荒くれ者らを思い浮かべる者の方が多いだろう。
『白き乙女』は賞金稼ぎの組合だ。
依頼をする者と、依頼を受ける者の橋渡し的な役割も持つ。
国や個人、有志一同が、捕まえて欲しい、あるいは排除して欲しい存在に賞金をかける。
賞金をかけられた者は賞金首。
賞金目当てに賞金首を追う者、それが賞金稼ぎである。
賞金首を捕獲、討ち取ったものの、難癖を付けられ、賞金を払ってくれない。または賞金首を討ち取ったのが嘘であったり、準備金と称して前金を払ったはいいが、とんずらされた。
そういった詐欺をなくすために、ギルドは創られた。
ギルドは賞金稼ぎで形成されていたが、依頼者にとっても、ギルドの存在は都合が良かった。
まずギルドは前金を取らない。
そして、依頼がどこまで進んでいるのか、知ることも出来た。
自分が依頼した賞金首の追跡者がいるのかどうか、確かめることが出来るのだ。
そして当然、金を支払う際には、必ず、依頼は片付いている。
金を支払わず、逃げた依頼者は、ギルドの賞金首として追われることになるが――誠実であれば問題ない。
賞金稼ぎにとっても、ギルドに所属することに価値はあった。
依頼をこなせば、必ず賞金を得られるし、依頼者が不払いならギルドが肩代わりした。
自身の狙う賞金首に競合者がいるかどうかも確認出来るので、無駄足を踏まずに済む。
前金が必要なら、ギルドが支払ってくれる。持ち逃げすれば、依頼者と同じくギルドに追われることになるが、こちらも誠実であればよいだけの話である。
賞金の三割はギルドの取り分となる。
安ければ受ける者がいないため、依頼者も、ギルトを通すなら、賞金を設定を高くしなければならない。
それを厭いギルドに属さない賞金稼ぎもいたし、ギルドを通さない依頼者もいた。
しかし信用がある分、ギルド利用者の方が断然多い。
今やギルドは『白き乙女』は大陸中に支部を持っていた。
シアのような国から国へ、流れ歩く賞金稼ぎには、ありがたいことである。
シアがギルドに入会したのは、十四の時だ。
母親が死んだのが十の時。
賞金稼ぎだった父親の手伝いを始めたのは十一の時だが、いつから剣を握っていたかは定かではない。
幼い頃から人形遊びより、剣を振り回すのが好きだった。もちろん剣と言っても、刃の部分も木で作られたものだったが。
父親にまとわりついて、相手をして、とせがんだこと。渋い顔をしながらも、剣の使い方を教えてくれた父。そんな二人をはらはらした顔で見守っていた母。それがシアの一番古い記憶だ。
その頃の父親は一人娘が自分と同じ賞金稼ぎになるなど、夢にも思っていなかっただろう。
幼い子供が父親の真似をするのはよくあることで、成長すれば自身の夢を持つようになる。
好いた男の元へ嫁ぎたいとか、学びたい、とか……。
ささやかだけれど安穏な人生を送ることを父は望んでいたはずだ――母が死ぬまでは。
母が死んでから父は変わった。
厳めしい顔に微笑みが浮かぶことはなくなり、シアが剣を握ることを、手を血で染めることを賞賛するようになった。
母の仇を討つことをシアにも求め、シアがギルドの印を手に刻まれている時も、当然といった顔をしていた。
その父ももういない。
賞金首に返り討ちされた。
父の剣で手負いになった賞金首はシアが仕留めた。
その一件で、シアは刺青を新しいかたちにすることを、ギルドから許された。
一つ葉から、二葉へ。
ギルドの組員の証である刺青は、葉である。
葉と刃を掛けているとも、古き世では葉が金貨の変わりをしていたから、とも言われていたが、どちらが本当なのかはわからない。
そしてそれは賞金稼ぎとしての腕が認められるにつれて、手が加えられる。
一枚から二枚、そして三枚になる。
四枚の者もいたが、四つ葉はギルドの責任者クラスになるので、普通の賞金稼ぎとしては三つ葉までだ。
ギルドへ正式に入会し、三年。
シアの手には三つ葉の刺青があった。しかしこれ以上葉が増えることはまず、ない。
仕事をこなしていけばギルドから、葉を増やすことを薦められる。嫌なら断っても良い。
葉は賞金稼ぎのランクであったが、ランクが上がったからといって、賞金が上乗せされたはしない。
ランクの高い賞金首の依頼を受けられるようになる、その目安に過ぎない。
――あとは他人から尊敬の眼差しで見られ、優越感に浸れる、くらいか。
とにかく、優遇されるわけではないので、敢て三つ葉にならない賞金稼ぎもいた。
賞金首のランクが高ければ危険が伴う。
三つ葉が二葉ランク、一つ葉ランクの依頼を受けることも出来たが……自尊心と、高額の賞金を手にしたいがために、ランクの低い依頼を受けない者が多かった。
三つ葉になったものの、賞金首に返り討ちにあうことはよくある。……最初の依頼を無事こなしたとしても、その後も上手くいき続けるのは容易ではなかった。
三つ葉を持つ者が。ギルドの賞金稼ぎ総人数に比べ少ないのは、それが原因だ。
シアが三つ葉になり一年が経つ。
十七歳という若さとはうらはらに、三つ葉の賞金稼ぎとしてのシアは、長生きな方であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます