第4話 レドモン
※
「すぐにお通しするよう言われてますんで」
まずは先日片付けた妖獣の件を処理してから、と思っていたのだが、そう言われた。
若い――といってもシアより年上だが――男に案内して貰う。
寂れた武器屋の地下は、外観に比べ広い。
秘密裏に地下建設など出来ないだろうから、周囲の建物もギルドが所有物なのだろう。
地下特有の湿った空気がした。
壁にはいたるところに貼り紙がある。
貼り紙を見て回っている者。
椅子に座って談笑する者。
何をするでもなく、床に胡座を掻いている者がいた。
見慣れぬ顔を興味深げに眺めている者もいたが、シアは彼らを一瞥することもなく、前にいく男の後を追った。
「レドモン支部長。三つ葉のシアが到着しました」
一番奥の部屋の前で、案内役の男が立ち止まり、中へと声をかけた。
室内は今まで歩いてきた地下廊下とは、様相が違った。
石床には臙脂色の絨毯が敷かれ、棚の上には藍色の花瓶に活けられた生花。
壁には貼り紙ではなく、額に入った風景画が飾られていた。
そのうえ、やたらと良い香りがする。
どうやら、香まで焚いているらしい。
「ああ、来たかい?随分遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
茶色い癖毛を後ろでひとつに纏めた、長身で細身の男が、重厚な机に手をつき、立ち上がる。
「久しぶりだね。シア」
レドモンは微笑み、軽く両手を広げてみせた。
「君はもう下がっていいよ。ありがとう」
「え、あ、はい……」
優雅な微笑みに気圧されたように、案内役の男が部屋を出て行く。
シアは彼がドアを閉める前に、案内の礼を言った。
「ライノールは都会だって聞いていたけど、アッシュヘルと比べると田舎臭いねえ。同じ地下でも、空気が違う。人間も粋じゃない。ここに赴任して三ヶ月になるけど、戻りたくて仕方がないよ」
レドモンは、ゆったりとした口調で言い、肩を竦めた。
「会うのは一年半ぶりかな。三つ葉になったらしいね。君なら、いずれなるだろうとは思っていたけれど……。こうして五体満足な君と再会出来、感慨無量だ」
「お陰様で」
「背もずいぶん伸びた。だけど……相変わらずだね。十七にもなれば、少しは女の子らしくなるだろうと期待していたんだが」
「残念なことに」
「でも噂は聞いている。どれだけ腕を上げたか、試したいところだが、今の僕では無理だねえ。きっとお父さんも墓の中で喜んでいる」
死んだ人間は喜びはしない、というか、三つ葉になったことを知りもしないだろう。と思ったが、ええ、と相槌を打つ。
「僕も鼻が高い。だけどね、三つ葉になったこと自体は喜んでいないよ。いくら金を稼いだって、命を失えば、価値なんてない。君も一生遊んで暮らせる分の金を稼いだら、引退した方がいい。僕みたいになる前にね」
「……足の具合は?」
「普通の生活には支障がないよ。寒くなると痛むけども」
三つ葉の賞金稼ぎだったレドモンは、二年前、ひどい怪我を負い、賞金稼ぎから足を洗った。
右足を庇えば歩けはするが、走れない。
剣士として生きていくのは難しく、ギルドの裏方の職に就いた。
二年間で出世し、左手の甲には四つ葉がある。
今では、『白き乙女』ライノール支部長だ。
彼は父の親友であり、シアとも古い付き合いになる。
幼い頃は、剣技を教えて貰ったこともあった。
そして、父が亡くなった後、一番親身になってくれた人物だ。
些か何を考えているのかわからない節があったが、シアは彼を信頼していた。とはいっても他人に頼ったり甘えたりする性分ではないため、シアから連絡を取ることはなかったが。
無沙汰を詫びると、レドモンは大仰に溜め息を吐いた。
「父親代わりをしたいと思っても、君はしっかり者だからねえ」
しっかり者でなくとも、レドモンを親とは思えないだろう。
父親より年下で、実際は三十代半ばであったが、外見だけは二十代前半だ。
若作りの男を兄のように慕えても、父代わりにするのは難しい。
「ライノールに来たのも、別に僕の顔を見に来てくれわけではないのだろう?」
「いや、まあ……」
確かに、レドモンがいるから来たのではない。一カ所に長く滞在するのが落ち着かない質と、こちらのギルドが盛況だと耳にしたからだ。
口籠ると、彼はふっと唇を緩めた。
「責めてるんじゃないよ。寂しいとは思うけどね」
「レドモン……わたしはあなたに感謝をしている。上手く言えないが……その、顔を見てほっともする。何というか、上手く、それを伝え切れないだけで」
「わかっているよ。シア。こっちが勝手に寂しがってるだけだ。感謝もいらないし。君のお父さんに僕はとても世話になった。だから娘の君に何かしてやりたいと思うのは当然のことだ。人付き合いが苦手な君を案じるのもね。鬱陶しいだろうが、これは僕の自己満足だから、君は我慢しなければならないよ」
「鬱陶しいとは思っていない」
「なら、それでいい」
にっこりとレドモンに笑まれ、シアはぎこちない笑みを返した。
「まあ、君に会えたのを純粋に喜んでいるだけでもないんだ。君が来てくれたことに、安堵しているのは支部長としてだ。人はいるんだが……つかえる奴がいなくてね。君に危険な真似はさせたくないんだけど……いくつか頼み事をすることになると思う」
「妖獣絡みなら……」
と言い掛け、シアは先日の一件を思い出す。
「ひとつ依頼を片付けたんだが処理して貰えるだろうか?」
「依頼?そういえば……君、妖獣に襲われている男を救けた?タリスとかいう」
「ああ」
「三つ葉の若者に助けられたって言ってたから、もしかしてとは思ってたんだが。若い男だったって聞いてるよ」
「間違えたのだろう」
「まあ、男だと思うのは仕方ないか……。もっとお洒落を……せめて髪くらい伸ばしたらどうだい?」
「男に間違われても、困ることはない」
「年頃の女の子のセリフじゃないねえ……」
レドモンは肩を落した。
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