第2話 隠れ家

 裏通りから来たので遠回りになってしまったが、目的の場所に到着する。

 シアは石造りの建物の前で立ち止まり、錆びた看板を確認し、ドアを開けた。


 中は薄暗く、埃っぽい。

 棚に並んだ様々な長さとかたちをした剣も埃を被っていた。

 かつては槍だったのであろう棒きれが無造作に転がっていて、躓きそうになった。


「何だい?お使いでも頼まれたのかな?酒屋なら、二軒先だ。それとも、迷子か?」


 店番をしていた男が、薄ら笑いを浮かべて言う。

 体格が良く、色黒で、無精髭を生やしている。見るからに破落戸といった風情だ。

 男の不躾な視線が、シアの腰からぶら下げている剣に向かう。


「へえ。若いのに、立派な得物を持ってるじゃないか。剣をお求めかい?だがなぁ、うちは見ての通り閑古鳥が鳴きっぱなしだ。四軒先に安い上に質も良い、ライノールいちの武器屋がある。そっちへ行ったらどうだ?」

「いや、わたしは……」

「ここはお前さんのような世間知らずの剣士見習いが来るような場所じゃないんだよ、坊主」


 薄ら笑いを浮かべた口元とはうらはらに、目元を凄ませ、男は言った。

 坊主……と、心の中で呟いて、シアは無表情で男の前に立った。


「だからさぁ」

 男の言葉を制すように、左掌に巻いた布をずらし、甲にある刺青を見せた。


「ここにギルドの支部があると聞いている……ライノールには先日着いたばかりで、来るのは初めてなんだが」

「……名前は?」

 まじまじと刺青を見つめたまま問われ、シアは名乗る。


「立ち寄ると人伝に知らせていたのだが……仲介者が必要なら出直そう」

「いや、その必要はない」

 男は肩を竦め、首を振った。


「聞いているよ。あんたが来るってことも、あんたの噂もね。妖獣殺しのシア」

「……あまり嬉しくない通り名だな」

「人間殺しって言われるよりかはいいだろ」

 男は豪快に笑った。


「それはそうと……すまなかったな。剣士見習いなんて言って。レドモンからあんたが来たら通してくれって言われてたんだが……というか、レドモンに一杯食わされたな。随分若いってのは耳にしていたが……あの野郎、十七の女だって言ってたぞ。こっちは美少女剣士に会えると期待してたのに。まあ、美少女とは限らないんだが。そりゃそうだよな。若い女の三つ葉なら、もっと噂になるよな」

「そうだな」


 シアは無表情で相槌を打つ。

 訂正をしようとも思わなかった。


 女だと予備知識があったにも関わらず、男だと認識された。

 言い出しにくいとか、恥ずかしいとかではなく……いや、多少は引け目があったが、それ以上に面倒で、いつも通り、受け流した。


 男は店奥にある暖簾をめくる。

 狭い物置部屋があり、そこには寂れた武器屋に不似合いな重厚な鉄製のドアがあった。

 男が施錠を外し、ドアを開ける。

 地下へと続く薄暗い階段が見えた。


「降りたところに男が立っている。そこでもう一度、印章を見せろ。案内が必要ならそいつに頼め」

「わかった」


「ようこそ。ライノールの『白き乙女』へ。善意や誇りのためでなく、欲しいのは金、金、金。金のためには、たったひとつの命を惜しまない。我らはそういう愚か者を歓迎する」


 横を通り抜ける際、男は愚か者以外が聞けば鼻白むであろうギルドの理念を口にした。

 もちろんシアも鼻白みはしない。

シア……彼女もまた、賞金稼ぎという名の愚か者の一人なのだ。

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