第20話リフレイン

 抱きしめた腕を解くと、黒田は吉坊にシスターを手伝えと言う。私を今度は二階の女装家BARに誘う。何をさせられるのかと、不安な気持ちで階段を上がりついて行く。扉を開けると女装家BARのコスメルームに出た。


「どれでもいいが、俺はこんな服装がお似合いだと思うよ?」


 黒田は、私の今着ているメイドカフェの制服を着替えろと言うように、新しい服を私にあてがう。黒田が選んだ服は、紺のジャケットとタイトスカートだった。これから就活でもするのかと思えるような服装に私は思わず笑顔になった。


「それで、面接でも行く気?」

「ああ、それもいい。俺たちが面接官をしてやる。どうせ今日会社休んでるんだ。新しい職探しってことで?」

「えっ!?」


 まさか、黒段電気に転職でもさせられるのかと思うと、思わず笑顔から下唇を出し怪訝に答えた。


「ああ、やっぱ、嫌か? まあ、そだよね?」


 黒田は、私にスーツを渡すと、カーテンを閉めて出て行った。おいおい、何を考えているんだよ黒田、と思いながら、私は渡されたスーツを衣紋掛けに掛けて、メイド服を脱ぎ着替える。先ほどの黒田に抱きしめられた感じと今さっきの優しさに満ちた表情が異様に感じ、思わず覗かれているのではと、鏡に写る後ろのカーテンを見たが誰もいなかった。


 徐々に黒田の素性がわかってはきたが、知れば知るほど、私と住む世界が違いすぎることに少し恐怖さえ感じた。これから私はどうなるのだろう。そう言う不安がこのスーツに着替えている最中に押しかかる。

 もちろんマキちゃんの無事を祈りたいが、私がこのマキちゃんを救出する作戦とやらに協力しても、意味がないのでは、そして協力できるのだろうかと不安をおぼえた。


 相手側が私を連れていかなければ、マキちゃんの命に関わることも含めても、それは合点が行きづらかった。素人の私が出る幕ではないのに、こうして着替えている私はなぜか頭の中でユーミンのリフレインの歌詞が流れていた。


 着替えを終え、カーテンを開けた。そこに黒田の姿はなく、『地下にいる』と言うA4用紙のメモ書きが壁に貼ってあった。私は、地下に行くか、行くまいか一瞬躊躇した。このまま一階に降りて、店を出て逃げてしまえば良いかもと一瞬思い足を階段に進めた。だが、このメイドカフェアリスに来て、シスターに呼ばれた後、マキちゃんの店の説明とメイドの説明の時の表情が一瞬頭に浮かんだ。

 逃げてしまえば、マキちゃんを殺すことは出来ないと思い、私は地下の階段を進んだ。扉を開けると、シスターと黒田が笑顔で私を出迎えた。


「吉坊が車で待機している。降りてきてくれてありがとう」


 私を信じて待っていたかのような言葉に私は「当たり前よ」と肯いた。黒田も私の言葉を聞くと「里美、やっぱり転職試験な?」と冗談まじりに私の腕を取った。手を引かれ、地下の射撃場の奥の扉を開ける。

 するとそこには白のワゴン車がエンジンを吹かせて待機してあった。吉坊がなぜか親指を立てて私に向き笑顔になった。


 運転席には黒田が乗り、その後部座席に乗るように促されてワゴンに乗り込む。吉坊は助手席に陣取り、ipadを起動させていた。


「皆さん、見てください。これがマキちゃんのいる廃工場の場所です」


 googleマップのような地図が表示された画面に赤いランプがチカチカと点灯していた。なぜこんな場所がわかるのだろうと思い吉坊に尋ねると「メイド服に発振器あるんです。ってか女装家BARの衣装には盗まれないように全部発振器ついてます」と言う答えだった。


「まずは、作戦の概要を説明しますね」

「作戦? 救出のってこと?」


 私は、吉坊に尋ねるとまたgoodという具合に親指を立てた。

 車は黒田の運転で走り出し、シスターは後部座席に積んだライフル銃のようなものを組み立てながら、吉坊の話に聞き入っていた。

 車は地下の駐車場から一気に地上の国道へと出た。太陽は燦々と照り、眩しくもすぐ冬だというのに、まるで夏のような明るい空だった。


 この救出がうまく行かなければ、私たちはどうなるのだろうと不安が頭をよぎったが、抱きしめられた時の黒田の言葉「強いな」が自分自身に勇気を与えているようにも思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re: =巻き込まれた私= 北条むつき @seiji_mutsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ