第19話怖さと強さ

 シャッターを締め切ったメイドカフェアリスの店内で、椅子に腰掛け私はシスターに促された。


「里美さん、今、黒ちゃんたちがこっちに来るから、それまでゆっくりしてな。私は、ちょっと作戦の準備があるから」

「作戦ってなんですか?」


 私は端的に聞き返すと、シスターは、マキちゃんを助けるための作戦の準備と言い、ニッコリと笑った。そして……。


「ついてくる? あんたにも協力してもらわないといけないしね」


 協力? と思ったが、私はシスターの後をついて、アリスの店舗入り口の階段女装家BARがある二階へと上がって行った。コスメルームを開けると、シスターは鏡についている衣紋掛けを押した。すると鏡が反転して、扉が現れた。


 扉奥に進むと今度は下に降りる階段がある。一旦二階に上がったのにまた下階へと進むのだと思いついて行く。階段が途切れたところの左右コンクリートに囲まれた扉を開けた。すると、そこはアメリカ映画で見たことがある警官が射撃練習をする場所によく似ていた。奥には的が2本立ってある。そして、壁の棚には、ライフル銃らしき物が掛けてあった。


「えっ!?」


 私はその光景にびっくりした声を挙げた。


「びっくりした? ここはね、黒ちゃんとの共同で使ってる射撃練習場よ」

「えっ!? あなたたちって、一体……」

「フフッ……。そりゃ、びっくりするわよね? 私は黒ちゃんの助手でもあるの。そして黒ちゃんはこの秋葉を拠点としているスイーパー」

「スイーパーって? 何?」

「ありゃ、知らない? 街の掃除屋。掃除って言っても、悪いやつを掃除するいわば、傭兵みたいなものよね?」

「傭兵!?」

「まあ、表向きは、電気屋の社長だけど、この周辺の街では、夜な夜なイザコザが起きる。その処理班って訳」

「うそっ!? じゃあ、ヤクザとか?」

「ヤクザじゃないわよ。そのヤクザとか、反社とかを抑えるほうね」


 唐突の説明を受けながら、シスターは、ライフル銃を大きなカバンを数個ならべ、ケースに仕舞う。慣れた手つきで、しまうと今度は、ロッカーから、銃弾をカバンに詰め込む。それを見ていると、少し恐怖に感じた。それでだろうか、今朝ひろみの家で、黒田につかまった時、足音もせずに、気絶させられて、縛られていたことを思い出した。


 射撃場のもう一つの奥の扉が急に開いた。誰かが入ってくる。


「おいーっす! 準備できてる?」

「ちわあーっす! シスター」


 軽いノリで入ってくるのは、黒田と、黒田電気で働いていた金髪丸坊主の吉坊と呼ばれる男がカバンを持って入ってくる。射撃場の段を軽い身のこなしで超えるとシスターの前に来て、銃弾を一緒に詰めようとする二人だった。


「黒ちゃん! ごめん、せっかく私を使ってくれたのに、こんなことになって」


 シスターは、黒田を見るといきなり頭を下げた。


「しゃあねーよ。なっ? 里美ちゃんが無事なら、まだ言い方だわ」

「そうそう。こっちは、完全に準備OK! これから、救いに行きましょ。マキちゃんを!」

「吉坊、心強い! あんた、逞しくなったわね」

「社長のおかげっす。アハハアハハハッ!」


 今まさに、拐われたマキちゃんを助けに行こうとしているのに、なぜか今朝会った時と同じように軽いノリの黒田と吉坊だ。


「里美! 心の準備は出来てるか?」

「…………」

 黒田にそう言われると、私は黙り込んでしまった。もう私は、この事件に絡んでしまったという思いと、怖い思いで、どんな表情で答えていいかわからなかった。それを分かった上でか、黒田は先ほどより軽いノリで私に問いかける。


「おーい、里美ん! お前のせいじゃない。これはひろみさんのせいにしよう」

「えっ!?」

「いや、顔に書いてある。ひろみ宅に行かなきゃ良かったって……」

「あ、うーん」

「だろ? だろ? じゃあ、ひろみのせいだ! まあ、そういうことにしておいて、今はやるしかないだろう。じゃあ、行くべ?」


 黒田は、そう言うといきなり、私を抱きしめた。その抱きしめ方がすごく柔らかく、さり気なさを感じた。


「おいおい。今朝みたいに、俺を突っ込めよ! そうじゃない里美んは見たくない……」

「いつから、里美ん?」


 私は、複雑な思いで、心の声とは違う言葉を吐いた。すると黒田は、私を抱きしめながら言った。


「そうそう、すこーしずつ、怖さを取り除いて、いつものように振舞う。それだけで、勇気百倍。君は強い。なっ!」


 その言葉に、私は思わず泣きそうになりながら、小さく「うん」と答えた。


「よおーし! 行こう。マキちゃんが待つ、廃工場へ。すまんな、里美ん、付き合わせて、全部解決したら、ひろみと俺ををぶっ叩け」


 黒田は、強く私を抱き寄せ、抱き寄せた背中の腕にグッと力を込めて、離れた。

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