第15話秋葉原

 朝の秋葉原は、まだ路地裏には人混みはなく、シャッターが閉まった店が立ち並んでいる。喫茶店や食堂は空いているが、電気街、オタク街らしからぬメイドもいない雰囲気の、朝の秋葉原だった。

 その路地裏街のパーキングに軽トラは停められて、静まり返っている朝の秋葉原はまた休日とは違うイメージを持つ。

 眠らない街ではあるが、まだまだ朝のひと時を隠せない様子だった。裏メニューが立ち並ぶ怪しげな電気屋の横にはメイドの看板が立ち並び、独特の雰囲気はやはり休日の秋葉原なのか……。


 その怪しげな電気屋の看板に小さく黒田電気と言う看板がある。シャッターが降りていた。鍵を持ち、ドアノブを回して、私を促す黒田。社長の肩書きを持つにはまだまだ若くて、それにチャラい。ドアを開けると、既に中には薄暗い電灯が付いて、機械音が鳴り響いている。


 丸坊主と、金髪の男が黒田の顔を見るなり挨拶をする。


「おはようござーます。今日は早いですねぇ!」


 中途半端な学生上がりの挨拶のように感じる。


「社長。今日はなんすか? 同伴すか? こんな時間まで? しっぽり?」


 そんな馬鹿な声のかけ方があるかと、キャバ嬢目線で見つめる金髪男に私はムッとした。


「馬鹿野郎。俺が相手する女だと思うか?」


おいおい………。その言葉の返しもおかしいし……。


「でも、結構カワイイっすよお?」

「じゃあ、お前にやる!」


やらねーってば。何なんだ? この会社は……。


「ちょっと、用事で出くわしてな。急ぎで悪いんだが、この子の携帯直してくれねー?」


 金髪男に社長と呼ばれる黒田が、私のiphoneを見せるように促す。


「電源入んねえんだ。どれぐらいで修復可能だ?」

「うーーーん? 中身見ないと何とも……。でもただの水濡れとかでのショートだったら 二時間もあれば充分す!」

「じゃあ一時間で直して!」

「うっすぅ!」


 何だ何だ? このやり取りは……。私の考えを余所に黒田は、バッグの中からタブレットを出して、「吉坊!」と一言丸坊主の男に声をかける。


「こいつのパスワード解除よろしくぅ。一時間で」

「えっ? マジっすか。これアンドロイドっしょ? ちょっとブートを根本から見ないと」

「じゃあ何時間だ?」

「せめて倍以上の時間は……」


 私は黙ったまま、そのやり取りを見ていた。すると黒田は丸坊主の頭を撫で撫でして肩をたたいた。多分OKの合図なのだろう。

そして、私の方を振り向き、黒田は私に言葉をかけた。


「里美。服を変えてやっから、付いてこい」

「呼び捨てぇ!」

「ん? ダメ?」

「はあ?」

「まぁそう怒るな! じゃあ10万くれる?」


 私は底無しの明るさに、無言でメンチを切った。


「うっそよおーーん。付いて来な。アキバだけど、いいところあるから。おごりだヨォ?」


 何なの?この会社は……。

 私を会社と呼ばれる倉庫のようなところから連れ出し、スーツ姿で颯爽と肩を切りながら歩き出す。私は半歩後ろをキョロキョロとしながら後を付いていく。この黒田。髪の毛は茶髪な上に、髪もパーマ毛のある髪型、しかも薄いブルーのサングラスをかけて、一見すればホストと間違うぐらいの華奢きゃしゃな体つきなのに、喧嘩はめっぽう強い。ナイフを見ても動じもせずに、一撃で撃退する男。まともな電気屋の社長には思えなかった。


 それに、街中を歩いていると、黒ちゃんと水撒きをする食堂のおばちゃんやゲームセンターのスタッフらしき人物たちが挨拶をする。この人物はここ辺りでは顔と名前が通っているんだなと思い知らされた。


 一本筋を入ったメイドカフェアリスと書かれた店舗の横の扉を躊躇せず開けて、中へと呼び込む。メイドの格好でもさせるのかと思いきや「安心しろ」と私の思いが通じたのか、言葉をかけて私の腰を引き寄せて店内へと連れていく。


 ここでも、まだ制服姿ではない女性が、黒ちゃんと声をかけた。

その言葉に、黒田は「店長を呼んでくれ」とスタッフらしき女性に声をかけた。すぐさま、女性は階段を上がり消えていった。


 しばらくすると、長い髪をかき分けながら女性らしき人物がヒールの音を鳴らしながら階段を降りてくる。その姿に私はギョッとした。女性と思いきや、厚化粧の可愛らしい姿からは想像できない図太い声を鳴らした。


「あら? 黒ちゃん今日はえらく早くない? まだ開店してないわよ?」

「シスターわりー。ちょっとさ。この子に合う服用意できる?」

「あらっ、美人さんね。彼女?」

「ちげーよ。今日知り合ったばかり」

「ふーん、隅に置けないのね?」

「…………」私は呆けて、そのシスターをずっと眺めていた。

「在るわよ? この子ぐらいの背丈なら大丈夫よ。ついてらっしゃい」


 私は躊躇したが、黒田がさっさと行けとばかりに手を階段に向けた。不満を感じながら私はその女性らしき人物について階段を上がると、扉奥のコスメルームが一緒になった部屋に通された。


「あなたなら、これかしら?」


 その部屋には沢山の女性用の洋服、ワンピースからドレス、セーターにスカートと可愛らしい服から、少しエキゾチックな服まで多彩に揃えてあった。店長と呼ばれる女性らしき、いやニューハーフは、店の説明をしだす。


「ここは夜、女装家が集まる場所なのよね? だからいっぱいあるから好きなの選んで頂戴ね。私はこれだと思うけどあなたはどう?」


 まるでシンデレラに出てくるような白いドレスっぽいワンピースを肩にあわされたが、私は普通のニットのセーターとクリーム色のスカートとストッキングを選んだ。

試着室に通されて、着替えていると、ニューハーフが突然カーテンを開けた。

「キャッ!」

「あら、可愛らしい声ね? 私も欲しい。まあまあね? 何時から働けるの?」

「えっ?」

「だから、今日からよね?」

「いえっ私はそんなつもりは……」

「何? 黒ちゃんに連れてこられたって事はそういうことじゃくて?」

「いえっ、ち、違いますから!」


 キッパリと断ると、いきなり扉を開けて、「黒ちゃーん? どういうことヨォ! 新しい子じゃないの?」


 大声を下階に張り上げた。ゆっくりと黒田が階段を上ってくる足音。


「ああん? まあ、半日ぐらいか? 短期バイトだよ!」


 その言葉を聞き私はびっくりした。慌てて、カーテンを開けて黒田に反論した。


「こんなところでバイトする気ありませんから!」


「うーん? そういうなヨォ? 里美とひろみさんのためじゃん! ちょっとここで半日ぐらい我慢してよ。頼む! タブレットの件もあるし、携帯タダで直す手間お願い。時間来たら迎えに来るかさ?」


 そう言われると、言葉を失った私だった。


「じゃあ、半日ねぇ。開店は9時半だから。準備急いでね。マキちゃ、この子に店の方針教えてあげて」


 図太い声で下階の女性スタッフに促す店長のシスターだった。

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