第11話衝撃

 メールを打ち終わると、お爺さまが後ろ向きから座り直し聡と会話を交わす。私はそれに聞き入っていた。


「奴ら追ってこないな」

「えぇ、さっき後方で車を、乗り換えてるのが見えたので、一台に乗り合わせてるんでしょう」

「そうみたいだなぁ。大丈夫かい? このままどこまで行くんだ?」

「あぁ、それなら心配いりませんよ。ポイントに集結予定です。このまま逃げきれればいいんですが……」


 本当に大丈夫なんだろうか。確かに後ろを振り返ればさっきまで追ってきていたワゴン車もバンも遥か後方に止まっているように見える。このまま何事も無く逃げ切れればいいが……。ポイントに集結と聡は言った。

 何処に向かっているんだろう。道は山成りになり坂をあがって行く。段々と町並みが見えてきては車の台数も増えてくる。聡は交差点を右に曲がる。


 そしてしばらく道なりに二十分以上走る。私はあれから一言も発する事無く、前方の景色だけを見えていた。そして今度は左に曲がった。また山道に入る。ドンドン山道を快走して行く私たちが乗った黒いバンは、左側に茂みが生い茂った林通りを突き進む。しばらくするとxxゴルフカントリークラブという大きな看板が見えてきた。

 聡は、迷いもせずにその看板を確認した後、一言言葉を発する。


「よおし、快調! もうすぐだ」


 林から両脇緑に囲まれた山間の道。お爺さまが聡とまた会話を交わす。


「ん? ゴルフ場かね?」

「えぇ、そこがポイント地点です。もうすぐですから、安心していてください。奴らも追って来ていないでしょうから」


 私はまた後ろを振り返る。山間の道にこの朝が早い時間帯、私たち以外に後方には車は無かった。その時だった。お爺さまの携帯に着信を告げる音が鳴った。


「おぉ?もしやこれは?」


 お爺さまは携帯を一度見た後、私にそれを差し出した。里美から掛かってきたと言う意味だった。えらく早い電話だと感じたが、番号は確かに里美からだと電話に出る。


「もしもし?」

「ひろみ? 出た出た。アンタの携帯も鳴らしたんだけどさぁ? 何で出ないの?」

「ごめーん、ちょっと別の場所にあって……」


 説明するのが面倒だった為に嘘を付いた。そして里美だとわかった瞬間に続けた。


「どう? 見つかった?」

「あのさぁーー! それがね? 今アンタの家なんだけどさ、散らかってるよ? 強盗にでも入られたの?」

「えっ!? どういう意味?」

「だってさぁ。玄関の鍵開けるまでもなく、開いてたし……。中に入るとさぁ? もうリビングやら何やらシッチャカメっチャか。何なのこれ……」

「ええ! うそお!」

「嘘じゃないわよ! カメラで撮って送ろうか?」

「否いいわ。で、寝室は?」


「あぁ? まだ入ってないわよ! だって、メチャクチャなのに驚いて一応知らせておいた方が良いと思って」

「うんありがとう! それより誰かいる気配はない? 大丈夫?」


 私は里美の身を案じた。すると里美はアッケラカンと応えた。


「うーん、そんな気配はないかな? 多分ね? まだ寝室まで入ってないけど、人の気配はしないかな?」

「気をつけてね! 既に誰かに入られてるからさあ! ソォーッとよ。ソォーッと入ってね!」

「うーん、まっ大丈夫だと思うけど、今から入るわよ!」

「ありがとう」


 寝室なのか、里美がドアを開ける音が少し聞こえてきたかと思ったら、急に里美が声を張りあげた。


「うわっ! メッチャクチャ!」

「ええ!? 寝室も?」

「うーん、これ、物取りとかの範疇超えてるわよ? 大丈夫なの、アンタ」

「こっちは無事! それよりさ、ベッド脇の棚は?」

「うん、右の焦げ茶色の上に花瓶が割れてるけど」

「そうそう! それ! 割られたんだぁ!」

「そんなもんじゃないわよぉ! ベッドのシーツも前の箪笥も倒れてるし、クローゼット何て、もう無惨に洋服が引きちぎられてるしさあ!?」

「あぁ、もう! 早く棚の一段目を見てよお!」


 足音が携帯越しに少し聞こえてきた。


「開かない。あっ暗証番号か」

「そうそう、ひ・ろ・み!」

「はいはい、あっ開いた!」


 その言葉にホッと肩を撫で下ろた。続いて里美の声がする。


「何これ?」

「えっ?どうしたの?」

「えっ?だって、紙1枚と、タブレットが入ってるだけよ?」

「タブレットと紙? その紙に何て書いてあるの?」

「ん? 何かの申請用紙のコピーみたい。桂木興産の社印が押してある。薄くて良くわかんないなぁ……」

「いいわぁ! それとタブレット持って早くそこから離れて! 仕事でしょう?」

「うんわかったぁ。何処に届ければ良いの?」

「とりあえずそれを持ってて。後で電話するから! 早くその場を離れるのよ。まだ誰がいるかも分かんないし!」

「了解! じゃあ後でね? 絶対ごはん奢ってよね?」

「わかってるってえ。切るよお?」

「……………」


 いつもならバイバイの一言がある筈が、一瞬の沈黙に不安を感じ、もう一度携帯口に話しかけた。


「キャ!」


 一瞬、里美の叫び声と思われる声が携帯越しに聞こえてきたかと思えば、突然電話が切れた。慌てて声を張り上げるが後の祭り。切れた携帯にもう一度書け直す。


……が。


聞こえてきたのは……。『電源が入っていない為掛かりません』と言う電子音のメッセージだった。私はそれを聞いて余計に何か不安感と、胸騒ぎを起こし携帯口に叫んだ。


「里美!里美!大丈夫なの!?」


 そんな叫んでも繋がらない事は分かっていたが、そうせずにはいられなかった。その様子を見ていたお爺さまが私の顔を覗き込みながら「大丈夫なのか」と訪ねてくる。私は下を向き「わからないです……。突然、里美の叫び声と共に電話が切れました」と応えるしか出来なかった。するとお爺さまと聡が舌打ちをして応える。


「ひろみさん、友達がマズい事になったと言いたいんだね?」

「本当なのか?それは!」聡が被せるように言い放つ。


 私は首を縦に一つ振るしか出来なかった。そして前屈みになり頭を抱えた。突然、お爺さまの携帯を持つ手が震えだした。これが私の置かれた立場なのだと……。

 自分だけではない助けようとしてくれている人、それを手伝ってくれる人、全てを巻き込んでしまう自分に唇を噛んだ。もう一度、連絡を取ってみようと、着信から発信ボタンを押した。しかし聞こえてきたのは、先程と同じ電子音メッセージだけだった。


 お爺さまが私の肩に手を回した。


「友達の安否が心配だね……。すまない、君をここに連れてきたばかりにこんな事になって……」

「いえっ……」


 端的に応える事しか出来ない自分に苛立ちを覚えた。聡が運転席のバックミラーで私の表情を見たのか、私に向かって声を張りあげた。


「ポイントにもうすぐ着く。そしたら、応援を呼んで捜索に当たらせるから、君はそんなに落ち込むな。心配するな。俺たちが付いてる!」


 聡も私の計画に、反対をしていた筈なのに、優しい言葉が余計に身にしみたそんな言葉をかけられても、不安感は消える事なく、車はxxゴルフカントリークラブと言う玄関口に差し掛かった。上空にはヘリの大気を切るブレードの音。声をかき消す轟音をあげて、機体は着陸を待っているようだ。


 その音は殆ど窓ガラスが無い車中に大きく鳴り響いて、風も車中に流れ込み髪が大きく靡いていた。そのヘリの飛ぶ音が、心臓をエグリ取られる様に感じる。私はもう全員を巻き込んでしまったと唇を噛み締めた。

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