第10話逃走
つい昨日の夜までは、この添付画像に写っている女の事が憎くて仕方なかったのに、今はなぜか凄くかわいそうに見える。それは先ほど聡が語った、刑事と言う意味からそう思えたからか……。私は自分の感情が安っぽく感じた。
その状況状況、場面場面によりコロコロと感情を露にして、泣いたり怒ったり……。でもこれは私がまだまともな人間なんだと言う証明なのだろう。
母親から聞かされた父親の印象と、先ほど聡たちから聞かされた印象の違い、そして義母の当てつけのようなメール内容、その義母が私たちを捕らえようと差し向けた追っ手。私はいままで何の為に生きてきたのだろうと考えさせられた聡たちの話。聡が刑事だと分かった瞬間に、全てを受け入れて共に行動している自分。
私はただ夫が無事であればそれでいい…………。本当に? 母親の敵討ちをしなくていいの? 今ならば、この聡たちが味方になり、一緒に戦ってくれるのでは無いか? ほんの一時間前まで、私はもう一人になってしまったと思ったばかりなのに、今度はこの人たちを信じようとしている。私の敵は義母? 桂木興産の人間たち? という事は、夫もそうなんだろうか?
分からない…。
「君のご主人は生きているよ」
その言葉は本当に嬉しかった。でも、でも……。夫は義母たちと一緒の敵討ちの相手なのだろうか?
分からない……。
車は、森林から抜けて、国道をひた走っていた。片側一車線の細い国道沿いを聡は対向車がいない時を狙い、前方車両を左に避けて追い抜いて走っている。私とお爺さまは後ろを何度も振り向き、後方から迫る黒のワゴン車とバンを何度も確認した。聡の車が一台追い抜けば、そのワゴン車とバンも一台、二台と追い抜いてこちらに迫って来る。何度もヘッドライトを点けたり消したりとパッシングの嵐だ。挙げ句の果てには、対向車線から来る車たちが、長いクラクションを鳴らせアワや事故寸前の状況。しかしまだ邸宅に打ち込んだバズーカの弾道の様な物は飛ばされていない。追い越せど追い越せど、迫り来る追っ手に聡を苛立ちを感じたようだ。
「畜生、引き離せねー!」
私は、さっき届いたメール内容をもう一度確認した。お爺さまがそのメール内容を教えてやれと私に促す。私は聡に酷な宣告になると思ったが、助けてもらっている手前隠すのもおかしいと思いそれを告げた。聡はそれを聞くとおもむろに後ろに手を出した。
私の携帯を見せろという合図、私は渋々聡の手に渡した。すると聡はまたもや大きな雄叫びを挙げる。
「絶対に許さん。くそったれが!」
そして聡は、私の携帯の電源を消し、それを私に返し一言。
「その携帯はもう捨てろ。君が何処にいるかも奴らにバレてる。中のメモリーチップだけ取ってバッテリーとバラして、今捨てろ!」
「でも、これ、結構気に入ってるのに」
「そんな悠長な事を言ってる場合かよ。よーく考えろ? あの部屋で、君が外に連絡さえ取らなきゃなあ! こんな事にはなってなかったんだよ!」
「何? 私のせいだって言うの?」
「違うのかよお!」
聡は奥さんが捕まっている事で、我を忘れて私に当たり散らした。
「気持ちは分かるけど、今は無事を祈りましょう? 私、もう一度このメール相手に送ってみる」
「馬鹿野郎。そんな事したって何の解決にもならねえよ」
「怒鳴らなくたっていいでしょう!? 気持ちは分かるわよお」
「まぁ待て、聡君。もう一度ひろみさんにやってもらおう」
「お爺さままで何を言ってるんですか。これは俺の山ですよお。素人にいつまでもおんぶに抱っこじゃ、警視庁の名が廃る」
もう完全に私を馬鹿にした態度に少しむくれて、口を詰むんだ。
「それ見ろ。所詮はそんなもんだなあ? ひろみ」
「喧嘩しとる場合か。我々は結託せんとこの状況逃れられんぞ」
お爺さまが強く剣幕を起こした。私と聡は黙ってしまった。
しばらくの蛇行運転に必死に窓枠や座席前方にしがみつき、体勢を整える後部座席のお爺さまと私だった。そんな状況が数回続いた後、聡は突然声を張り上げた。
「おしっ、決めた。ひろみとお爺さま。ちょっと荒っぽくなるぞお。何処かにちゃんとしがみついててくれ」
「えっ!? どういう……」
質問を投げかける前に聡は急ブレーキを踏み、サイドブレーキをかけてハンドルを切る。それと同時に、車はタイヤを軋ませ、音が鳴り響き対向車線に反転した。
「キャ!」
「うぉお!」
お爺さまと私は後部座席で、体を前後左右に揺らせながら叫び声を挙げる。聡はもう一つ叫んだ。
「もう一丁いくぞお。掴まってろ!」
車は反転して先ほど来た道を逆戻りして行く。そしてすぐ近く右対向車線に追っ手のワゴン車が見えた。今度はそのワゴン車目がけてハンドルを切ったようだ。
右フロントバンパーとワゴン車のバンパーこすれる大きな音。すると聡は思いっきりハンドル右に切る。ワゴン車と私たちの乗るバンは衝突回転して、大きな音と共に衝撃が体中に走った。そしてワゴン車を路肩へと追いやって車は止まった。その止まったワゴン車の、運転席のパワーウインドウがゆっくりと下がる。
同時に聡が叫んだ!
「かがんでろ!危ないぞぉ!」
聡は車をバックギアに入れて車をバックさせる。突然の衝撃に思わず声が漏れる私とお爺さま。
その衝撃とは、別の右前方ワゴン車から放たれるフラッシュと銃撃音に窓ガラスが割れる音が車中に鳴り響いた。躊躇無く奴らは
「きゃあ!」
「うわっ!」
「すまん! 屈んで掴まってろ!」
バックしたまま、また車は反転。さっき走っていた進行方向へと向きを変える。
「ざまあーみろ! やってやったあ! 大丈夫か? お二人さん!」
聡は私たちに声を掛けるが、お爺さまは、ドアボックスに頭を打ったみたいで踞っていた。私も前座席のシートに頭を打つけて、頭を抱えた。
「聡! ちょっとは加減してよね! お爺さまも乗ってるんだから! 大丈夫ですか? 山岸さん」
「あっああ……、でも一台は巻けたな……。痛……」
「すまない、お爺さま。でもこうでもしないと、二台相手は流石にキツいです」
「聡君、君に任せる。ワシらの事は考えんでいいわい」
「お爺さま……」私は小さくそう呼んだ。
車は一路、また北へと向かって走って行く。一台撃破した事により、聡は私とのイザコザの憂さを晴らしたようだった。そして聡は急に私に優しく言葉をかける。
「ひろみ。もう一度奴らにメールを送ってほしい!」
「どういう内容を返せばいいの?」
「あ? それは。夕子を殺せば、永遠にひろみは戻らないぞ!ってね」
「えっ!? 何を言ってるの? そんな事したら……あなたの奥さんは!」
「大丈夫だ。俺の嫁はそんなに柔じゃない。活路を見出し絶対に逃れるさ」
「……でも」
「そのメールを打ったら携帯を捨てちまえ。メモリーチップさえあれば復活は可能だ」
「……聡君そんな事をしたら、君の奥さんはどうなるだ」
「そうよ聡。もう一度良く考えて!」
「いいや。大丈夫だ! さあ、ほらっ、早くしてくれ」
私は少し黙り込んで考えた。
私だけが助かるなんてどうしても腑に落ちない。聡がこれだけ私たちを逃がそうと頑張っている。だから、つい昨日の夕方まで憎かった女性の事を今度は庇い、助けたいと感じている自分がいた。
意を決し、私は床に転げ落ちた携帯を手に取り電源を入れ直す。
そして、メッセージを打った。
宛先:no mail.com
件名:お願いがあります。
『三橋夕子さんを殺せば、ひろみは戻りません。でも殺さないと約束していただけるのであれば、ひろみはあなた方の元へ戻るでしょう。三橋夕子さんとひろみを交換しませんか?』
そうメッセージを打ち、念の為、自分のwebメールに内容をBCCで転送した。私はそのメッセージをお爺さまにも聡にも、確認出来ないように送信した後削除した。そして携帯をサイレントマナーモードにしてワンピースのポケットに仕舞い込んだ。
送信が終わると聡に打ち終わった事を告げた。但し交換条件の事は隠して……。
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