第7話友人

「ソファに掛けてて、箸をとってくるから」


 聡は部屋を出た。さっきは逆上した私を見てか、そう言った言葉が少し心地よかった。また同じ事をされては堪らないと言わんばかりの小声だったからだ。


 私はソファに腰掛けて、少し状況を整理した。自分自身の両親について関係している鍵というもの。果たしてそれはどういう物なのだろうか。そして、夫であった哲也さんの事だ。その母親、私の義母の存在に、聡の会社がどう絡んでいるのかという事も含めて全てが知りたくなった。

 しかし言われた言葉の状況が私が考えている状況と違った場合、またココから逃げ出す事を考えねばならないと言う事も含め、全てを信じきることが出来るのかという事も。私は、ある結論に達した。それを聡に投げかけてどう状況が変わるのかも見てみたい。


 しばらくすると箸を持って、聡と一緒にお爺さまも現れた。


「そこまで言ってしまったか……。まあ良い。もう隠す必要も無いだろう」

「えぇ、彼女に本当に信じてもらう為にも、言っておきましょう」

「で、話はまとまりましたか?」


 ソファに腰掛けた私を見て、お爺さまたちがソファに座りながら大笑いをする。


「ハハハハッハ。さっきとは違い、偉い落ち着きようだな。ひろみさん」

「ったく、昔から変わらんよ。ひろみは……」

「じゃあ、本題に進むとしようか」

「……まず何故、鍵という物があるのか? それは何なのかを知りたいです」


 聡がゆっくりと箸を私に渡し、言葉を投げかけた。


「ひろみ、君のお父さんが失踪した時の事を覚えているかい?」

「えっ? いきなりその話?」

「ああ」

「そうねえ。あれはまだ大学四年生の時に成り立てだったかしら?」

「そうだね」

「そうだねって……聡、そこまで知ってるの?」

「もちろんだよ。お父さんの会社と提携したのはお爺さまの会社だったからさ」

「えっ?」

「そうなんですよ」

「じゃあ……私たちがつき合う時にはもう既に?」

「ああ、そういう事だ」

「何? 何が絡んでるの?」


 私は少し慌てふためいた。そんな前にもう既に聡は私の事を知っていた。それで近づいてきたのかとも思った。


「まさか…。聡、あなた私とつき合う事にしたのは、仕事の事がらみ?」

「いや、違うよ。偶々だよ。初めて会ったのだって、友人から誘われた合コンだったろう?」

「ええ……」

「でもその時は、まだお父様は失踪していなかったじゃないか?」

「確かにそうね……。本当にそれが目当てじゃなかったのよね!?」

「ハハハハハッ、聡。強いなあ。ひろみさんは」


 お爺さまは、高笑いをして私にまん丸とした目を向けた。聡はゆっくりと話始める。


「ったく、あのなあ? あの時、俺は、佐多山と言っても何も知らなかったんだよ。後々、お爺さまとの提携企業の社長だと知ったんだ。それだけは断言できる!」

「まあ、良いわぁ。失踪とこの話に何か関係あるの?」

「ああ、佐多山さんの会社。言わばひろみ、君のお父さんの会社を倒産に追いやったのは、今の夫、いや、昨日まで夫だった桂木率いる桂木興産だったって事だよ」

「うちの父の会社を潰したのが夫の会社だって事?」

「ああ! 端的に言えばそうだ」


 すると、続けてお爺さまが話し始めた。


「佐多山さんの会社は、ある製品の特許を取ろうとした時に、合法性に欠いた事があってね。それを訴えたのが桂木興産だった。奴らは正当に裁判にする事ではなく、裏の世界に処理を頼んだ。言わば裏で金に物を言わし、手綱を引いて、その製品特許を奪おうしたんですよ」

「それと今回の一件に繋がりが?」

「問題は、そこなんだよ。佐多山社長と提携していて、奪おうとした特許製品を考案したのが、俺のお爺さまの会社だったんだ。言わば大元である山岸興産」

「ワシは佐多山さんだから、その特許製品を佐多山さんに譲った。それを裏金を使い製品を横流して、儲けようとしたのが桂木興産だったという訳です。特許の奪い合いはあって当たり前なんだが、特許を譲らないと、娘さんの将来を全て壊すと言ってきたのですよ。言わば君の人生を管理すると……」


 私は、生唾をゴクリと飲み込んで話を聞き入った。聡がゆっくりと口を開いた。


「君のお父様。佐多山さんとお会いしたのは、君とつき合い始めて間もない頃だった。娘を頼みたい。君なら信用できると俺に言ってきた。もちろんお爺さまとの提携している手前もあっただろうが、俺は心から君の事を考えて行動していた事を、君のお父様に知ってもらえたからでもあったからだ。そして俺に君を託した。そして失踪したんだ。身を隠せば何とかなると思ったのだろう……」


 頷きながら、お爺さまが続ける。


「……が、佐多山さんは、見つかった。それでも佐多山さんは、娘の君の安否を気にして、決して食い下がらなかった。そして桂木たちは、お父様を幽閉した。幽閉される前に我々と、君に送ったメッセージがある。聞くかい?」


 頭の中の整理が付かなかった。ただ呆然と私は、その話を鵜呑みすることが出来ずにいた。呆然とする私に、再度お爺さまが声をかけた。


「どうしますか。ひろみさん。お父様の最期の声だ。聞きますか?」

「………ええ、もちろん」


 お爺さまが携帯を取り出し、録音記録を呼び出した。


『山岸さんにしか、お頼み出来ない事があります! 娘を、どうかよろしくお願いします。私の会社は桂木にやられましたが、特許だけ守ろうとしています。それをある場所に隠してあります。この電話も盗聴されている恐れがあるので、詳しくは言えませんが、山岸さんならきっとお分かりになる場所です。娘だけが心配です。女房も体調を崩していますが、あいつなら大丈夫です。これを聞いたなら、一度私の事務所pcのひ・ろ・みを探してください。娘を頼みます。娘を大事にしていただければ、その意味が分かりますきっと。では……』


 久しぶりに聞いた父親の声だった。その声は、弱々しくそして凄く懐かしい声だった。私は、ふと思った。私が母親から聞かされたイメージと違う事に……。


 確か、母親から聞かされたのは、惰性を貪った結果起きた出来事……。合点が行かない事に私は不安を覚え、先ほどからテーブル上に置かれてある自分の携帯が気になった。身を乗り出し、聡側にある携帯を奪うかのように取った。


「なっ、何をする」


 聡が声を挙げる。


「ちょっと待って、今の話を全て信じるなら、私の携帯に秘密があるかもしれない。だから電源をつけさせて!」


 私は二人に少し鎌を掛けてみた。聡とお爺さまは、二人顔を見合わせた。そしてお爺さまが口を開いた。


「いいだろう……。見て見なさい」


 私は携帯の電源を入れた。軽いブビー音とバイブレーターが震えた。立ち上げると直ぐさま、メールの着信音が鳴り響く。


差出人:里美

件名:『さっきの電話とメール何?』


「見て良いわよね?」

「あぁ、構わない見なさい」


 お爺さまが言う。そして私は里美のメールを見た。


『何処にいるの? 朝早くから叫び声なんて挙げて、どうしたの? 大丈夫?』


そして、もう一通のメール着信音が鳴り響いた。


差出人:お母様

件名:『あなたが殺したんでしょ!』

『私の哲也を返しなさい! 許しませんよ!』


 端的に書かれた義母からのメッセージだった。

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