人生ゲームは良いよね

「人生ゲームは良いよね。叶わなかった夢を追体験できる」

「はぁ、そうですね」

「お父さん、セバスちゃんが困ってるよ。セバスちゃんも無理に納得しなくて良いんだよ」


 私の家に遊びにきたセバスちゃんはいつもよりも緊張しています。

 それというのも夏季休暇のお父さんがからみ酒なせいです。どこからか出してきた人生ゲームと書かれたボードゲームを客室に広げて私とセバスちゃん、お母さんを誘ったお父さんはサイコロも振らずに上機嫌で話しを続けます。


「そんな事無いさ。杉雄君。君は素直で良い子だね。うん実に良い。真央を嫁にする気はないかい?」

「えっ、あの……それは……」

「お、父、さん?」

「わはは、冗談だよ冗談」

「もう……」


 お父さんは好きだけど、お酒を飲んだお父さんは嫌です。

 セバスちゃんには大人になってもお酒は飲まないで欲しいなと思います。


……


「やった! 石油を掘り当てたから1000万円手に入れた」

「杉雄君は強いわね。 あら?私も6?じゃあ私も石油のマスね」

「……」

「……」


 人生ゲームの順番が2回巡りました。

 緊張が解けてニコニコのセバスちゃんは今は2着、お母さんは2回とも1000万円のマスに着いて絶好調ですが、私とお父さんは面白くありません。


「なに、まだここからさ……なに!? また1だと? 1マス戻るという事はまた1回休みか!?」

「次は私の番ね、やった!6マス進んで……え!?」


 そこには、振り出しに戻るのマス。


「なにこのゲーム!?」


 思わず声をあげました。

 開始のマスから1マス目が1回休む。3が出ると6マス先の振り出しに戻るで開始のマスに戻ってしまいます。他のマスはお金が増えたり減るマスだけど、なぜか私とお父さんはしばらくそのマスから抜け出せなくて、その間にセバスちゃんとお母さんがどんどん先に進んでいってしまいます。


「真央、そんな顔しないで……ゲームなんだから」

「それは……分かるけど……」


 顔に出ていたのでしょうか。

 私にとってはそれも面白くありません。ドッジボールも鬼ごっこも、お外で遊ぶ時は私が勝つ事が多いです。なのに今はセバスちゃんがずっと先のマスまで行ってしまっています。


「あら? また石油を掘り当てたわね。これで所持金が1億円を超えたわ。はぁ、現実もこうなら良いのにね貴方?」

「……現実の人生で2度も石油を掘り当てる訳ないだろう。だいたいこのマスに止まった人間はなにを考えているんだ。石油を見つけるほど深く地面を掘る機会なんて人生で一度でもあるのか?」


 お父さんは完全にふてくされていました。

 お母さんはそんなお父さんを見てくすくすと笑います。お母さんは、普段お父さんを名前で呼びますが、機嫌が良い時は貴方と呼びます。だから、私はお母さんがお父さんを貴方って呼ぶのを聞くとなんだかホッとします。お父さんは、家ではちょっと格好悪いことが多いですが、お母さんはそんなお父さんが可愛くて好きだって言っていました。


……


「よおおおし、それでこそ人生。これこそ人生ゲームの醍醐味だ!!」

「ええ!? お父さんずるい!!」


 お父さんが両手を大きくあげて勝ち誇りました。

 そのマスは職業が決まるマスでした。


「ふふ、お父さんは今日から宇宙飛行士だ! 月収1000万円だ。凄いだろう?」

「本当、良いわね人生ゲームって。その半分でもあれば良いのに」

「……そういう事は言わないのが人生ゲームのルールじゃないか?」

「ふふ、冗談よ。私は今の生活で満足しているわ」


 人生ゲームは終盤です。

 職業のある人はサイコロを振る度に職業で決まった月収が手に入ります。お母さんはサラリーマンなので月収25万円ですが、既に所持金が3億円です。逆にお父さんは所持金が3000万円だけど宇宙飛行士になったのでこれからサイコロを振る度に1000万円が手に入ります。しかも、途中からサイコロが6しか出なかったお父さんの駒は1番ゴールの近くにいて、この人生ゲームではゴールに1番乗りをすると3億円が貰えるのです。人生ゲームはお父さんとお母さんの戦いになりそうでした。


「うーん……初めは良かったのになぁ」

「セバスちゃんは良いよ。私なんて良いとこなしだよ」


 セバスちゃんの成績は無難でした。

 職業は月収20万円の警察官、止まるマスのほとんどが所持金が小さく増えたり減ったりするマスだったセバスちゃんは今、所持金5000万円を持ってゴールから1番遠いマスに駒を置いています。私はセバスちゃんより少し先のマスにいますが、お金が減るマスばかり止まってしまい所持金がマイナス3000万円。月収も逆転には程遠い30万円です。でも、私はちょっと嬉しいのです。


「でも、お医者さんだよ? 真央の夢だ」

「! 知ってたの!?」


 私はますます嬉しくなりました。

 私はお医者さんになりたいって言う夢があるんです。


「うん。その、いつも見てるから……この前僕も真央にしてもらったし」


 セバスちゃんは苦笑しながら右腕を指差して言いました。

 私もそれはよく覚えています。大した怪我じゃないのに私がやってみたくてセバスちゃんの腕に包帯を巻いた時のことです。


「でも、でもお医者さんになりたいなんて言ったことないよ!?」

「だから、よくみてるからだよ。真央が包帯や絆創膏をつけてくれるのはあれが初めてじゃないし……見ていれば分かるよ」

「……びっくりしたなぁ」


 びっくりしました。

 誰にも話してないのに、セバスちゃんは当たり前の様に私の秘密を知っていました。


「真央はすごいね。なりたいものがあるんだ」

「すごくないよ……お医者さんになれるほど勉強得意じゃないし……興味を持ったのも公園で遊ぶみんながよく怪我をするからなだけだよ」


 凄くなんかない。

 大した理由じゃないし、勉強も苦手。それに、みんなの怪我も私がお外の遊びにばかり誘うことが原因かもしれない。


「ほら、さっきお医者さんのカードを引いた真央、すごく嬉しそうな顔していたよ。真央はもうお医者さんになりたいんだよ」

「僕のお父さんが言っていたんだよ。夢があるのは、それだけですごくすごいことなんだよ」

「……そうかな?」

「そうだよ!」


 不思議です。

 セバスちゃんに褒めてもらうととても元気が出ます。きっとセバスちゃんがどこまでも素直だからです。だからでしょうか、セバスちゃんといる時間はとても穏やかで、落ち着くのです。


「いつまで話しているんだい?杉雄君、君の番だよ」

「え!?あ、すいません」


 結局人生ゲームは同点最下位で私とセバスちゃんが並びました。

 お父さんは1度所持金でお母さんを超えましたが、お母さんが先にゴールしたので1着の賞金で所持金も1位になりました。


 私はお外で遊ぶのが好きです。

 でも、たまにはゆっくりお話ができるのも良いなと思いました。特に、セバスちゃんとゆっくりお話をするのは楽しかったのですが、そんなセバスちゃんはあの日からなんだか様子が変になってしまったのです。




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