第26話 大聖霊は呼応する
取りあえず手当たり次第探しに出掛けるには範囲が広すぎるので、調べる場所を絞ることから始める。
〔藪から棒に手をつけても見つかるはずはないからなるべく範囲を絞りたいんだけど、どうやって決めようか。〕
《やっぱり今まで訪れたことんある世界から探すほうがよかやなかと?》
〔それは私たちが探す分にはその方が楽だけど、そんな簡単に探し出せる場所にいるのかな?現状から離れたい時はむしろ静かに過ごせる場所と探し出していそうだけど。〕
[どちらとも一理あるだけに悩ましいことであるな...。]
《どこかに隠居候補地とかばメモした紙は
残っとらんのやろうかぁ?》
〔家を飛び出したのに自分がいる場所を残したら意味ないじゃんか。間違いなく残ってないでしょ。〕
楓は能力と相まって神域でもトップレベルの知識量があり、そこから紡ぎ出される計画は完璧なことこの上ない。
そんな彼女が家出を突然思い立った行動をするとは考え難いし、計画に関連する資料を残しておくはずもない。
やはり最初の案しかないのか...、と半ば諦めかけていた。
その時、本当に何気なく、ふと楓と話をしたずっと前;出会ったばかりのころのことを思い出した。
−−−〔そういえば楓ちゃんはどうして神に転生することを決めたの?〕
「理由...ですか。あまり深くは考えたことなかったですね。うーん、強いて言えば“自分だけの茶畑を持って、静かに暮らしたい”からですかね。転生前は、たった10数年の人生でしたから。」
そういって彼女は私に僅かに困り顔ではにかんだ。−−−
〔…そうだ、茶畑…。〕
かつての話で出てきた、今回の騒動を解決しうるキーワードになる言葉を口ずさむ。
[茶畑がどうかしたのか?]
楓の転生したばかりの頃はいなかった尊桜やカスタは、知らないのも当然だ。
〔楓ちゃん、私と出会ったばかりの頃に“自分だけの茶畑を作って静かに暮らしたい”って言ってたことがあったな〜ってなぜか思い出してね。〕
《茶畑が作れて静かに暮らしぇる場所に限定すりゃ、ばり場所ば絞るー...ちゅうことやなあ。》
[それでも数百万はくだらんだろうな。さらにもう少し絞ることはできないだろうか。]
〔それ以上手がかりはないだろうね。もし残していたら、探してくださいと言っているようなものだからね。〕
これ以上の手がかりが出てくることを期待するのは諦めて、一カ所ずつ見て回ることにした。
〔3人で回ってもかなり時間がかかるとは思うけど、これは私たちが起こした問題だから解決しよう。そしてみんなでもう一回謝って許してもらお!〕
そうして楓捜索作戦が始まるのだった。
…今度こそ許してくれるだろうか。
===
「綺麗な水に澄んだ空気。そして広大で静かなこの場所。うん、やっぱりこの場所を選んでよかった。ここなら茶作りにピッタリだし、平穏を崩されることもないだろうしね。」
改良した転移魔法を瞬間で発動して、逃げ切ることができた楓は、1人で以前から候補地にしていた星に来ていた。
隠居の場所に選んだのは神域が存在している場所から遥か彼方の辺境の星で、その表面のうち95%が水で覆われている。大きさは地球とそれほど変わらない。
「ただ1人というのは寂しいなぁ。」
生まれてこの方、孤独を感じたことのない楓は今感じている気持ちをある意味では新鮮に感じていた。
それに加えて、いざ茶畑を作ろうとしても圧倒的に労働力が足りない。
「うーん、どうしたものか。今の状況でも労働力が手に入る方法は…やっぱ召喚魔法しかないか。」
私は、最近覚えた召喚魔法を使う準備をする。
「少なくとも3人は欲しいけど...、呼びかけに応えてくれるかなぁ?でも精霊は気まぐれな子が多いって聞くし…。とりあえずやってみるしかないか。
我が呼びかけに応えよ、【
魔法陣が起動し、全てを飲み込まんばかりの光が魔法陣から溢れる。
流石にこの光量の前には楓も手を翳した。
瞼を閉じていても足りないほど輝く魔法陣とは...、欠陥品だな。改良せねば!
程なくして光が収まっていくと、そこには4色の淡い光を放つ者たちがいた。
♣︎私たちを呼んだのは…♣︎
♠︎貴方で間違いないようですね。♠︎
♦︎俺たちを一度に呼ぶとは♦︎
❤︎見かけによらずとんでもない実力を持っているようですねぇ♪❤︎
それぞれに個性が感じられる話し方は、文献で読んだ精霊の特徴とは一致していなかった。
「貴方たちは精霊…じゃないね。自我があるしその魔力量は、もしかして聖霊?」
ほとんど期待していなかった存在が目の前にいることが信じられなくて、確認をする。
♣︎そうデ〜ス!水の大聖霊、ヴィリディとは私のこと。こう見えても精霊界の王の1人なんデスヨ!♣︎
青色のマフラーを首に巻いている聖霊はヴィリディというらしい。語尾がカタカナになっているような気がするが、明るく接しやすい雰囲気だ。
♠︎僕は風の大聖霊、ウイエリティア。はやく大聖霊を辞めたいんだけど...なぜか辞表を受け取ってくれない(泣)♠︎
ウイエリティアはチャームポイントに緑の手袋をひと繋ぎにして肩にかけていた。彼女は若干根暗だが、仕事では部下から慕われているようだ。
♦︎俺は火の大聖霊、ディセクトム。俺は火と親和性が高いから仲良くしていたらいつの間にかこの地位に就いていたぜ!かといって仕事は全部下の奴らに任せてるがな。♦︎
赤い上着を羽織って腕を組んでいたディセクトム。彼はデスクワークは苦手なようで武人のような者だ。
❤︎私は地の大聖霊、オグァ。正直他の3人とは違って、私は神が憎いです。私たちを格下と蔑み、欲望を満たすための道具としか見ていない。そんな者たちが神だから。❤︎
薄茶色のニット帽を被ったオグァという聖霊は、かなり神に対して思うところがあるようだ。
やはり精霊ではなく聖霊であり、その中でも上位個体である大聖霊が4体も呼びかけに応じてくれたらしい。
これほどの力の持ち主がこの数呼びかけに応えてくれたことは素直に嬉しい。
「私は茶摘楓。元は人間で神に転生したんだ。だけど信頼していた者たちに裏切られて、神々の醜さに嫌気が差したから神域を飛び出してきちゃった☆オグァちゃんとは特に気が合いそうだなぁ〜。」
私がそういうと、オグァは殺気の籠もった鋭い視線を向けてくる。
❤︎気が合うって…。貴方が神である以上、貴方も憎悪の対象なのですよ。合うわけないじゃないですか。❤︎
初対面なのにこれほどの殺気を向けてくるとは…。何かよほどのことが過去にあったのだろう。
「なんで神を憎んでるの?」
どうしても気になった疑問を口にした。すると溜め込んでいたことが崩れるように怒涛の勢いで口撃し始めた。
❤︎そんなの決まってるじゃない!
神は1つ1つの世界を蔑ろにしている。どれほど廃れたとしても、あまつさえ滅んでも気にしない。なぜなら奴らにとっては興味の対象に入ってないから!
どれほどの生命・精霊が死んでいるかも全く気にしない、その態度が私には憎くて仕方がない‼︎ そのせいで私の大切な部下がどれほど消えてしまったか...‼︎あなたにはわからない感情でしょうけど‼︎❤︎
彼女の胸の内の気持ちをただ聞くことに徹していた楓は静かに閉じていた目を開く。オグァを意識の中央に見据えると、
「確かにそういう振る舞いをする神ばかりだった
なぁ。…でもそれなら大丈夫だね。私は私にできる最大限の方法で世界を救済し続けていたから。それに私、最初に言った通り、もともとは感情豊かな人間だったから。」
嘘を言っていると思ったのか、更に憎悪の感情をぶつけてくる。
なんとか説得しようと口を開きかけたその時、ヴィリディが触れて欲しくない一端に触れる。
♣︎そんな善行を続けていたのなら、なぜ味方に裏切られたのデスカ〜?♣︎
オグァがもどかしそうにしていたが、今は置いておく。
「そのこと聞いちゃうか〜。まあ、いいよ。少し長くなるけど詳しく話すね。」
苦々しい経緯を話し進めるにつれて、最初の方にはあった相打ちがだんだん減っていった。
「…それで君たちを呼ぶに至ったわけ。ね、暗くて重い長話だったでしょ?」
話の前とは打って変わって静かな4人。その誰もがそれぞれの反応を示していたが、一様に声が震えていた。
♣︎最初はただ逃げてきただけかと思ってたケド、そんな事情があったとはネ。貴方は貴方なりに苦悩してきたんダネ。むむぅ...感情があるからこそだけど悩ましいものダ。♣︎
♠︎僕も優秀な部下たちに支えられているから彼らを信頼してる。だから裏切られたら軽く死にたくなるね。というかそんな状況考えたくもない…。♠︎
♦︎あんたがここにきた経緯はわかった。だがそう引きずることはねぇんじゃねーか?その因縁を断ち切るためにここに来て俺たちを呼んだんだろ?そして今はそいつらもいねーんだ、成功したんだからもっと喜べって!♦︎
❤︎私は貴方に同情なんてしません。どのような経緯があろうとも貴方が神であり、憎む対象である事実は変わらないですから。…でもまぁ手伝いだけならしてあげても構いませんよ。❤︎
それぞれの感想を聞き、少し報われた気がした。
それにやっぱり話し相手がいる方が楽しい!
「これからよろしくね、ヴィリディ・ウイエリティア・ディセクトム・オグァ!」
こうして楓の本来の夢、自分の茶畑を作ることに一歩近づいた。
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