第25話 普段は静か→怒ると恐い

家族同然の生活をしてきた3人に裏切られたという思いが未だに拭えない楓は、断罪以降塞ぎ気味に

なっていた。


〔か、楓ちゃん...? そろそろ一度部屋から顔だけでも見せてくれないかな?もう4日も飲まず食わず

じゃない。…いくら神とはいえ、元人間なんだから渇望感に襲われちゃうよ?〕


「……」


聞こえているはずなのに返事一つも返さない。


やはりわたしたちとはしばらく話したくもないらしい。


《こりゃ...相当深う傷ば負うとーね。いや負わしぇたうちが言えることやなかばいけど。》


[どうするのか。これでは通常業務にも支障が出かねんぞ。]


〔私たちで分担するしかないよね...。元凶は私たちなんだし…。〕


今日も諦めてリビングに戻ると、ちょうど玄関ベルが鳴った。玄関に1番近い場所に立っていた尊桜が出る。


《はーい。どちら様とー?》


〈あ、どーもー。あっし、報信の神をやってるデイッタっていうっす。神報の記事用の取材に来ました〜。楓様はいるっすか?〉


−−−嵐の如く現れたのは、情報を司る神だった。



===



とりあえずリビングに上がってもらい、お茶を出す。そして事情を説明すると、


〈…そうっすか〜。いや、精神的におかしくなっているなら今は取材しない方がいいっすね。本人の体調が回復してから、出直すっすね。あっ、でも挨拶だけはさせてくださいっす。アポも取材において重要な条件っすからね。〉


記者はかなりしつこい者だと覚悟していたが、あっさりと引いてくれた。


尊桜はそのことに安堵する。


《ごめんなしゃい。しゃっちがここまで来てもろうたとに何もできんで帰らしぇることになってしもうて...。》


〈全然いいっすよ。空振りも取材の醍醐味っすから!それじゃあ挨拶だけさせてもらうっすね。〉


空になったティーカップを置いて、デイッタは案内されるまま楓の元に行った。



===



挨拶を終えたデイッタは新たな取材ネタを求めて去っていった。


家では再び重い空気がリビングを支配していた。


その空気を振り切って声を発したのはカスタだった。


[しかし…、本当にどうしたものか。]


《うちらが何ば言うたっちゃ無駄やろうね…。ばってんうちらん責任ばいけんどげんかしたかねえ。》


しかし私たちが犯した罪はもう取り返しのつかない領域にさえかかっているように思えた。


〔なら、一度原点回帰してみんなで世界の救済にでも出かける?〕


[私たちは構わないが、楓殿は立場上許されるのか?]


〔そこに関しては私がなんとかするよ。それで具体的には…。〕


3人が贖罪のための案を捻り出していたとき、


−−−ギシッ。


階段が軋む音がして、そちらの方を見ると4日以上も引き籠もっていた楓が立っていた。



===



久々に楓の顔が見られて嬉しい気持ちがあったものの、それを表現できるほどふんわりした雰囲気ではなかった。


明らかに彼女は元気がなく、痩せこけていた。


4人全員が一様に沈黙していると、楓が沈黙を破った。


「…私がいまだに怒っている理由が分かりますか?」


〔い、いえ...ワカラナイデス...。〕


はあぁ〜、と溜息を吐くと静かに、しかし確かな怒気を含んだ声で語りはじめた。


「いいですか。私は怒り以上に悔しいんですよ。


信頼していた者たちに裏切られた怒り、私情を優先された喪失感、簡単に切られる関係しか築けなかった悔しさ。これらが今、私の感情を埋め尽くして心の中で乱舞してます。


立場が神になろうとも、才ある者は疎まれ形は違えど差を勝手に決めつけられる。


そして信じていた者たちからすらも同じ目で見られ、扱われる。


側は1人取り残され孤独に苛まれる。周りを含めた者たちはその人とは違う地位にいると思い込む。


これが差別だとなぜわからないのですか⁉︎ 神はあらゆる生物を導くための管理者。皆が等しく権能を有し、状況に応じて適した神が対応するのが当たり前。そこに権能の上下意識があってはならない。


にもかかわらず、神も権能で個人の器を判断し、その器たりえる者を探す既得権層が日々権力闘争を繰り返す。


もううんざりです...‼︎


そんなくだらないことに巻き込まれて私自身が誰かのために犠牲にさせられるのは。


私が居たいと願う場所がこの神域にはあるとは思えません。ですので私は最高神にはなりませんし、これ以上ここに留まるつもりもありません。


……それでは。」


〔ちょ、ちょっとまっt...。〕


ラーが引き止める前に、楓は転移しどこかへ行ってしまった。


ようやく部屋から出てきてくれたと思ったら絶縁宣言を投げかけられ、頭の中は大いに混乱していた。


急に楓が家出を切り出したこともそうだが、それ以上にあれほど感情を露わにした姿を初めて見たからだ。



故にラーは茫然と立ち尽くしていた。


《ラー様!早う楓様ば追いかけな‼︎》


いち早く立ち直った尊桜が悲鳴に近い叫び声で私に呼びかける。


その声で我に返ったラーは急いで探索魔法をかける。


〔ダメだ...、魔法の残痕が全く残ってないから追跡できない!どうしよう、広大な神域や生物生存惑星からたった1人を探し出すなんて不可能だよ‼︎〕


楓を追跡することが不可能とわかり、半ば絶望する。


その最中に、チャイムが鳴る。


〈どーもー。楓様が部屋から出てきたって聞いたっす!ぜひ取材させてくださいっす‼︎〉


陽気で呑気なデイッタが再び訪れてきた。


〔今はそれどころじゃないから!今回も帰って‼︎〕


〈何かあったすか?〉


デイッタにことの成り行きを説明すると、しばらく考え込んで、


〈それ、あっしなら解決できるかもしれないっすね。でもいいんすか?当然対価はいただくっすよ?〉


〔うーん、大火の内容によるかなぁ。その対価っていうのは?〕


〈簡単っすよ。あっしが取材しやすくなる環境を整えてくれるだけでいいっす。〉


簡単な対価のように聞こえた。


ラーはその内容を吟味して、


〔それくらいなら…〕


受け入れる、と言いかけたそのとき、


《すまん。そん提案は受けられん。好意だけは受け取っとくる。》


尊桜が横槍を入れ、デイッタからの提案を拒否した。


勿論受けようとしていたラーは動揺して、


〔な、なんで提案を拒否するの?今は1人でも多くの人手が欲しいのに…。〕


ラーは無意識のうちから善意と効率を重視しており、全く悪意を孕んでいないことを知っていた尊桜はなおのこと寂しくなった。


《ラー様...。楓様が失踪なしゃれた理由ばもうお忘れと?楓様は自分ば勝手に対価に持ち上げられたことば裏切りに感じて悲しまれとったやなかと。それなんにまた後輩ば売って彼女ば孤独にするんか?》


尊桜に指摘され、何も言い返せなくなった。その指摘は説得力を感じさせ、私の心の根底に蔓延っている利己主義の醜い心を曝け出すようにさえ思えた。


〔確かにそうだね...。私はまた可愛い後輩を無意識のうちに追い詰めようとしていたんだね。ありがとう尊桜、導いてくれて。〕


尊桜は優しく微笑むとリビングに戻っていった。


ラーはデイッタに向き直すと、


〔ごめんね。せっかくの提案だけどそういうことだから乗れないや。〕


私の言葉を何も言わずに聞いていた。そして


〈そうっすか…。それじゃあ仕方がないっすね。また何かあったら遠慮なく言ってくださいっす。力になれるかもしれないっすから。〉


眉を少しハの字にして困り顔だったが、そう言い終えるとニパッと笑った。


デイッタを見送ったあと、いよいよ本格的に捜索を始める。


−−− Don't be afraid of failure. Your friends will always help.(失敗を恐れるな。仲間が必ず助け導いてくれる。)を心に刻んで−−−

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