第19話 ラーはどこでも災難続き②

丸一日を寝ることに費やしたラーは完全回復して次のターゲットであるトランスを探しに出かけた。


〔地道にそこら辺を探し回るのは果てしなくめんどくさいなぁ。どうにかして楽できないだろうか。〕


ぶつぶつ独り言を呟く。なんとなしにトランスの特徴を見直していると、ある特徴に目がひかれた。


〔ほぅ...。トランスはスライム型なのに水辺に集まっていることが多いんだね。それに主な食べ物が香りのかなり強い芳香草だから、体は少しピンクがかっているのか...。〕


その性質を利用する方法を思いつき、企みの笑みを浮かべる。


先程思いついた策を早速実践する。


方法は、餌で釣るという単純なものだ。しかしただ釣るというわけではない。


勿論無臭の液状劇薬である、トリエチルアルミニウム[Al(C₂H₅)₃]を餌にたっっぷりと含ませている。これは水と激しく反応し、可燃性ガスを放出する。


この特製ブレンド餌をトランスに捕食させることができれば勝手に燃料に変わってくれて、焼却するだけという楽な作業に変わる。


餌が完成すると、急いで水辺から少し離れた場所に撒き、その様子を観察する。


程なくして薄ピンク色のスライム、トランスが数匹群れで現れた。そのうちの一匹が食いついたが残りのトランスは何故か動かなかった。


予想通り餌を食べたトランスは火種を近づけると発火し、あっという間に塵となった。


しかしここで誤算だったのは、予期していたかのようにその様子を見ていたトランスらが再び餌に食いつかなかったのは当然、この場から何もなかったかのように去っていったのだ。


〔トランスって意外に野生の感が鋭い種族なのか

なぁ?〕


せっかくの妙案がことごとく潰されて、無念を通り越して逆に感心していた。


あと4匹をどうすればいいか、一から考え直さなければならなくなったが不思議とめんどくさいとは感じなかった。


〔そういえば、さっき去ったトランス4体だったような…。〕


そのことを思い出した途端に急いで後を追いかける。


その後、追いついてさっさと始末しようとした。しかし軟体のため、うまく攻撃を当てられないでいた。その上、四方八方から仕掛けられる全属性攻撃を防いでいたので尚更だ。


〔一体ならまだしも、4体はさすがに厳しいなあ。思い切ってトリエチルアルミニウムをぶち撒けてやろうかな...。〕


多少の環境破壊はしょうがないと踏ん切りをつけて、懐からAl(C₂H₅)₃を取り出す。そして隙を見て飛翔し、上空から四体にまとめてピンポイントにかける。


小瓶から出した途端に反応が始まり、トランスにかかるといよいよ激しく反応していた。最後の仕上げに火球を4つ、魔法で生み出してトランスに向けてスパーキング‼︎


結局実力行使に出て、解決したのだった。



===



ラーがトランスの駆除を完了して数分後。


楓と尊桜が目の前に転移してきた。


「無事課題成功ですね。おめでとうございます。あとはピースシスだけですね。」


《本当におつかれしゃんじゃった...。今くらいはゆっくりしたらどげんな?》


ラーの置かれていた状況にかなりの同情をする尊桜。


〔いいよ、もう慣れたから…。〕


疲れ切った様子で受け答えをするラーの姿は見ていていたたまれなかった。


「疲れているのは分かっていますから、今日は休んでください。明日からピースシス討伐に向けて本格的に行動を始めていきますから。」


そういうと尊桜に指示し、ラーを休ませたのだった。



===



翌日、作戦を立てるために話し合った。


「既に知っての通りピースシスは神がかった聖獣です。その意味では神獣と言っても過言ではないでしょう。気を引き締めていきましょうね。」


こう始めて、話を続ける。


「ピースシスはその強さ故、聖芒樹の根本に常に生息しています。基本向こうから攻撃を仕掛けてくることはないですが、その場所にたどり着くまでには幾重の凶悪な罠があります。そのほかの留意点といえば、その見た目に騙されないようにすることくらいですかね。」


《ピースシスん見た目ってどげんのなんか?》


心底不思議だ、という疑問を浮かべ質問をしてくる。


「中性的で圧倒的なオーラを持つ美少女です。」


〔な、なんて攻撃しづらい容姿なんだ…。〕


「というわけなので、尚更気を引き締めてくださいね。」


かくして討伐に出かけるのであった。



===



絶句した。


理由は単純で、言葉一つ話させないほどの圧倒的な威圧感を放っていたからだ。


「これは正直、予想外ですね。」


《これ、本当に聖獣なんか?並ん神獣より強かばい。》


しかしいつまでも圧倒されていては何も進まないので、とりあえず対話しようと近づく。


すると、


[名も知らぬ神2柱と聖龍よ。今すぐここから去れ。無為な争いは何も生まぬ。其方らが本気で世界を救済しようとするならば、他にも方法はある。]


およそその容姿から放たれる言葉遣いと威圧感ではなかった。しかし今はそれどころではない。


「さすが智神にも並ぶと言われる叡智ですね。ですが、私たちがここで引き下がるわけないことはあなたにも十分理解できると思うのですが?」


瞑想したまま私の話を聞いていたピースシスはさも当然という態度で答えた。


[無論、承知している。そしてそれ故だ。もし我を排除してしまえばこの世界は秩序が完全に崩れる。そうなれば困るのは神だけではなかろうて。]


「ならば交渉しましょう。あなたは私と共に来てください。そうすれば無駄な殺し合いをする必要はなくなるはずです。」


いきなりの予定外の提案をした私に、驚きの視線を送るラーと尊桜。


それらの視線を気にすることなくピースシスと私は無言のまま向き合っていた。


[そのような提案をされたのは初めてではない。しかし私は私以上に強い者以外、仕えようとも思わないゆえ、その提案は断る。承諾して欲しくば、其方の力を示せ。]


そういうと立ち上がり、どこかに向かっていった。私もそれに無言でついていく。


そこはコロシアムくらいの大きさはある部屋だった。


[其方には2つの基準を課す。見事超えてみせよ。]


そういって2つの巻物を渡された。一方は武力を、もう一方は叡智を試す内容の試練が書かれていた。


「この2つをクリアするんですか…。なんだか心外ですね。」


私は軽く挑発するが、眉一つ動かさずただ聞き流すピースシス。


やはり、この世界では1番強いのは神姫で間違いない。


余計な思考を断ち切り、試練に集中する。


智の試練は、治世学から生態学、経済学、統計学などあらゆる分野の専門知識を応用して、与えられたお題に対して最適解を出す、というものだった。


結果は、私の圧勝だった。


そらそうでしょ。私が本物の智神なんだから、負けたら面子丸潰れだし。



武の試練は、単純でピースシスに勝つことであった。制限時間内に彼女に【契約の捺印】を押せることができればいいらしい。


始めの合図を聞くと同時に一気に間合いを詰めた。しかしさすがは闘神級のバケモノ。それだけでは押させてくれない。


制限時間10秒前までこの攻防を繰り返し、10秒前になってようやく押すことに成功した。


[…見事なり。私に勝った者は初めてぞ。潔く軍門に下ろう。]


こうして討伐対象だったピースシスが何故か新たな家族となった。


ちなみに名前はカスタになった。


後半空気になっていた2人は私が勝った後も、しばらく緊張していたのだった。

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