第5話 虫けらを見る目で、非人道的な言葉を口にしろっ!

 副会長である氷菓ひょうかからの依頼――ちろるの横やりが入ったこともあるが、何せいまいち彼女の俺に対する依頼の内容はよくわからないままだ。


「それで結局……氷菓は何が目標で、具体的に何をしてほしいんだ? もう少し詳しく説明してもらわないとわからん。」


 俺は氷菓に向き直り、より詳しい事情を聞きだした。


「さっきも言った通り、私は吹雪さまみたいになりたいの! 振る舞い、思考、能力、見た目、全てを引き継ぎたい。そのためには、学校だけでなく家庭での吹雪さまを知る雪に頼るしかないのよ!」


「はぁ……なんとなくは理解できた。姉貴をそのまま模倣したいってことだな。」


「そう! ずばりその通りなの!」


「そうはいっても、少なくとも見た目は無理だろ。」


「むぅ、確かに身長とかは無理だけど……、それでもできる限りは努力したいの。少しでも近づきたい。」


「……うーん。」


 憧れの人になろうとする心理――それは本来の自分から目を背ける行為であり、少し危険な向上心だ。


 憧れの人を真似して強い自分を演じても、実際それで強くなったわけじゃない。着飾れるのはあくまで表面だけであり、本当の自分は簡単になくならないし、なくすべきではないというのが心理学での一般論だ。


 正直あまり乗り気はしないが、まぁ憧れる人に近づきたいという氷菓の気持ちも理解できる。ここまでお願いされたら、本人が納得できるまでは協力してやりたいというのが人情だ。


 氷菓はすがる様な目で、こちらをじっと見つめている。


「――わかったよ。でも姉貴みたいになるのは、厳しい修行になると思うぞ。」


「ありがとっ! 望むところよ。何でもやるわ!」


 こうして翌日から、俺監修のもとで氷菓の厳しい修行が始まった。部活を終えた帰りに、近くの公園で氷菓と合流した。


「姉貴を構成する大きな要素……、それは何だと思う?」


 俺の問いに、氷菓は口元に手を置いて考えを巡らせた。その様子は、見た目は子供で頭脳は高校生の探偵を連想させた。


「それは……凛々しさや、力強さ……だと思う。」


 さすが、副会長として姉貴をよく見ているだけはある。それは俺の想定していた答えの一つである。


「正解だ。っでは、なぜその凛々しさや力強さが姉貴に身に着いたのか?」


「うーん……わからない。」


「それはだな。姉貴の凛々しさ、あの相手を黙らせる凄みある強さは、もとは――『弟である俺に対する冷たい態度』から培われたといっていい。」


「そっ、そうだったの!?」


 氷菓は驚愕の表情で、黒く純粋な瞳を大きく見開いた。


「そうだ、試しに俺を罵倒してみろ!」


「わ、わかったっ! 雪の……あほっ!」


「おい、子供の悪口か。今時の小学生の方がもっと口汚いぞ。もう一回!」


「雪の……バカヤロー!」


「駄目だ。全然冷たさが足りない。そうだな……姉貴みたいになりたいなら、まずはその氷菓なんて可愛らしい名前から、もっと凍える名前に変えないと。これからは永森ブリザード氷菓に改名しろ。」


「わかった。生徒会選挙の出馬は、永森ブリザード氷菓で立候補する。」


 冗談って通じてるのか不安になるな……。まぁいいか、修行を続けよう。


「もっと力強く! 相手に反論させる間もなく心を折るんだ! そんなんでは、姉貴の凄みには全然足りんぞ!」


「雪の……ばーか! まぬけっ!」


「もっと! 非人道的な言葉を、虫けらを見るような目で言うんだっ!」


 我ながら何を言っているんだろう――とは思わんでもない。


「雪の……ピ――(※非人道ワード※)」


「そうだ! だが、もっとだ!」


「雪の……ピ――、……ピ――、……ピ――、」


「わずかだが姉貴に近づいてきたぞっ! だが、姉貴の冷酷さはこんなもんじゃないぞ!」


「雪のっピ――、……ピ――、……ピ――、ピ――、……ピ――、……ピ――!」


「……っ!? よ……よし! 今日はこのくらいにしておこう。」


 今一瞬だが、姉貴と同等の凄みを感じた。今のは本当に氷菓が出したものだろうか……。

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