第17話 挙動不審な俺にも増して、挙動不審な須崎先輩

 海水浴当日、姉貴とともに集合場所である駅へと到着した俺は、そこで待っていた人物に驚愕させられる事になった。


「――っえええ!? 何で――神崎さんがいるの!?」


 今日来るのは、俺、姉貴、言葉先輩、須崎先輩の4人のはずである。聞いてない、聞いてないっ。


「えへへ~! 吹雪先輩に声かけてもらったから、きちゃった。」


 そっか~! きちゃったか~! ……ってか、何してんだよ、姉貴!? 


 首がねじ切れる勢いで、俺は顔をぐりんと曲げて姉貴の方を見た。そんな俺を見て、姉貴はにやにやしながら、「お返しだ。」と小声で呟いた。


 おそらくは、俺が須崎先輩の恋路を手助けしようとした事はお見通しだったのだろう。そのお返しとして、俺の恋路にちょっかいを出してきたという見立てに違いない。


 以前の俺なら、この僥倖に喜び打ちひしがれていただろう。しかし、ちろると向き合うため、神崎さんの事を考えないようにしている今の俺にとって、これは拷問に近い状況であった。


「海水浴、楽しみだね! あれ? 何か変な顔してるけど……どしたの、雪くん?」

「あっ、うん……。大丈夫……。」


 神崎さんは、夏らしい白いワンピースに、麦わら帽子を被っていた。駄目だ……とてもよく似合っていて可愛い。つい神崎さんのファッションチェックをして、褒めたたえてしまいそうだ。これ以上彼女を直視するのは避けた方がいい。


「どうした? いつにも増して挙動不審だぞ? 雪くん?」

「姉貴……うるさい……」


 そんなやりとりをしていた俺たちの元に、もう一人挙動不審の男が現れた。俺の敬愛するサッカー部元キャプテンであり、何故か姉貴に恋い焦がれている男……須崎先輩だ。


「すみません! 遅くなりましたっ!」


 集合時刻にはまだ余裕があるにも関わらず、体育会系らしい切れのある動きで、須崎先輩は深々と俺たちに頭をさげた。


「ちょっと先輩……、全然間に合ってますから、とりあえず頭あげてください。」


 俺が無理やり頭を上げさせると、須崎先輩は茹で上がったカニのように、顔を真っ赤にしておどおどとしていた。


 いくら好きな人の前だからって、さすがに緊張しすぎだろう。俺だってここまではひどくない。うん……いや、神崎さんと出会った頃の俺はこんな感じだった。


 須崎先輩を心配気に見ていると、俺たちの背後から思わず甘えたくなる優しい声音の声が聞こえてきた。


「やっほー! あら、私が一番最後かな? お待たせしてごめんね!」


 声の主は、マイリアルシスター(血のつながっていない)である言葉先輩だった。


「いや、まだ待ち合わせの時間にはなっていないから謝罪の必要はないぞ。」


 姉貴の声に、言葉先輩はほっと安堵の息をもらした。


「そっか、よかったー。あ、神崎さんだ。最近もフルート頑張ってる?」

「言葉先輩、もちろんです。頑張ってますよ。」


 言葉先輩は、神崎さんに親しい感じで話しかけ、また神崎さんもそれに笑顔で応えた。


「あれ? 二人って知り合いだったんですか?」


 二人に尋ねると、「うん、弟くんは知らなかったかな? 私たちは中学校が同じだったからね。」と言葉先輩が教えてくれた。神崎さんと言葉先輩は、中学が同じで委員会活動などで面識があったそうだ。


「そうだったんですね……。」


 そうなると、みんなお互いに面識がある中、須崎先輩だけが俺以外の全員とほぼ初対面であるという事になる。姉貴との接点を作るためとはいえ、なんか申し訳ない状況に参加させてしまったかもしれない。


「大丈夫ですか? 須崎先輩……。」

「あ、ああ。ここは、俺が皆様に自己紹介をするべきだな。」


……本当に大丈夫だろうか。とはいっても、部活では俺の尊敬する頼りになる人だ。姉貴の前だからって、いつまでもポンコツぶりを見せるはずはない。


「あの……! 初めまして。青葉雪くんの部活の先輩にあたります。須崎元晴と申します! この度は、素敵な集まりに参加させていただきっ……! 誠に恐悦至極の極みです! 以後よろしくお願いします!」


「……。」

「……。」

「……。」

「……。」


 おい、硬すぎるだろっ。新社会人の入社初日の挨拶かよ。そんなカチコチの須崎先輩に対して、姉貴は普段の俺には見せない優し気な声をかけた。


「普段、うちの弟がお世話になってます。今日は弟が無理に呼び出してすみません。せっかくだから、受験の息抜きとして、今日はお互い肩の力を抜いてゆっくりしましょう。」


「は……はいっ!」


 須崎先輩、やっぱり全然肩の力抜けてないけど……。ってか、姉貴はさすが大人の対応って感じがするな。こういうところは、やっぱり我が姉ながら少しカッコいいと思ってしまう。


 そんな様子を眺めていたら、神崎さんが突然くるっとこちらを向いてほほ笑んだ。


「雪くん、私たちも楽しもうね!」


「は……はいっ!」


 神崎さんにぎこちなく返事をしながら、全く人の事言えないじゃないかと自分に呆れてしまった。

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