第14話 その声は、確実に彼女達の耳に届いている

 俺が中学を卒業し、彼女たちが二年生へと進級した際、風花は当時の担任やクラスメイトと口論になることが増えていったそうだ。


 おそらく俺がストッパーになっていた部分もあったのだろう。風花は中一の頃から、厳しい校則や高慢な教師の態度に不満をもち続けていた。家でも学校でも、彼女はずっと不満を漏らし、俺はその愚痴をひたすら聞きながら、「どうどうどう。まぁまぁ落ち着けよ」と宥め続けて何とか一年もったものの、俺が中学を卒業し、風花が中二に上がった際、彼女のストレスは爆発した。


「なぜ髪の長さまで校則で指定されないといけないんだ! アイデンティティを殺す戦時教育の名残だ!」…………とか


「生徒が遅刻して来たら怒られるのに、先生が授業に遅れてきても平然としてるのはおかしい! みんなにちゃんと謝るか、事情を説明するべきだ!」…………とか


 今まで我慢してた鬱憤を全て教師や友達にぶつけ、そして納得できない限りは自己の主張を曲げなかった。クラスの中にはその点で風花を評価、賞賛される者もあれば、逆に白い目で見る者も多かったらしい。


「まぁ日本の文化だと、自分の意見を持ってても、それを言わない方が美徳だって部分はあるからなぁ……。」


「そう……ですね……。当時の風ちゃんは……というか、今もですけど……、反骨精神の塊……、一種の中二病……、教頭のズラを叩き落とした少女として……校内でも噂でした。」


「ごめん、絵梨ちゃん……。教頭のズラを叩き落とした少女って何? それ初耳なんだけども……。」


「ウィッグを付けてきた女の子が……風紀違反だって……教頭先生に怒られてたんです……。それを見た風ちゃんが……、『だったら、これも風紀違反だよね?』って、教頭先生のカツラを……。」


「OK! 絵梨ちゃん……。過去の事だし、俺は何も聞かなかったことにするよ。二人の出会いに話を戻そうか。」


 下手に掘り返すと、もっと危ない話が出てきそうだ。


「えっと……。私は大人しい生徒だから……とにかく、クラスでも目立たないように……風ちゃんとも距離をとってたんです……。もちろん……風ちゃんが嫌いとかじゃなくて……静かに暮らしたかったから……。」


 君子危うきに近寄らず……、大人しい絵梨ちゃんでなくとも、多分俺だってその当時の風花と同じクラスなら、距離を置こうとしていただろう。


「ところが……、ちょっと恥ずかしいんですけど……、私がクラスで目立つことが……起きてしまって……」


「目立つこと……? もしかして、クラスの男子に告白されたとか?」


 思い付きで言ってみたものの、それはどうやら見事正解のようだった。絵梨ちゃんの磨りたての墨のような黒髪の前髪の下から、驚きで見開かれた瞳が見えた。


「すごいです……。さすが……、風ちゃんのお兄さんですね……。何でわかったんですか?」


 そんな尊敬に満ちた視線を送られると、少し恥ずかしいのだけど……。


「だって、自分から目立とうとしない子がクラスで目立つとしたら、おそらく他の誰かのせいだと思ってね。中二の多感な時期で絵梨ちゃんみたいな可愛い子なら、きっとその確率が高いかなって。」


「か……可愛いとかっ……、決して……そんなことはっ……///」


 そこ反応しちゃうか。まぁまだ中学生だもんね。


 実際のところ、絵梨ちゃんは大人っぽい見た目というか、出るところ出てるというか……男子にもてるのも納得の容姿である。多分だが、高校生のちろるんよりも……、おっとこれ以上言うと、またあの胸にコンプレックスがある後輩がおこなので止めとこう。


「それで……男の子に告白されて、どうなったの?」

「えっと……申し訳ないとは……思ったんですけど……。」


「告白を断ったんだね。」

「……はい。」


 その男の子は、イケメンというわけではないが、クラスでそこそこ人気がある男子生徒だったらしい。いるよね……イケメンではないけど、やたらクラスで人気な愛嬌ある系男子。


「それで……、何だか変な噂が……色々出てしまったみたいで……。」


 その男子が振られた腹いせに、あることないこと尾ひれをつけて噂を流したのか、それともただ周りの連中が変な想像をして、事実と事なる噂が広まったのか……。どちらにしても、結構ひどい噂がクラス内で出回ったそうだ。


「可哀そう~! せっかく勇気だして告白したのに……それを冷たく振っちゃうなんて」

「だよね~。あんな身体してるから、男好きなんだと思ってたけどね~」


「ほんと、ほんと! 大人しそうにしてるけど、実はヤリまくりのビッチなんじゃない?」

「うける~! ほら……今も黙って本読んでるけど、あれ実は官能小説じゃね?」


 クラスメイトの一部の女子は、教室内でそんな酷い言葉を、絵梨ちゃんが聞こえるか聞こえないかという、一番不快感を得る声の大きさで噂していたそうだ。


「ちょっと声大きいって、本人に聞こえちゃうよ?」


 その言葉に思わずちらりと目線をあげると、悪口を言っていた女子生徒の一人と目があってしまった。


「…………っ!」


 反射的に目をそらし、再び手元の本に視線を落とす。


「ちょっと、今こっち見てたよ。」


「えっ、まじ? やば~聞こえてたかな。」


――聞こえていた。


「でもまた本読んでるし、大丈夫じゃね?」


――聞こえてる。思わず耳を塞いでしまいたいほどに……。


「どうせ聞こえてても、何もできないでしょ。」


――聞こえてる……けど……、何もできない……。


 絵梨ちゃんには、その会話が確実に聞こえていたものの、聞こえないふりをして本を読むしかなかった。いや、本も読めなかっただろう。きっといくら本に集中しようとしても、文の内容は全く頭に入ってこなかったはずだ。


 そんな様子を見て、言われっぱなしの絵梨ちゃんにも、こそこそと嫌がらせじみたことを言う相手にもブチ切れた人物がいたそうだ。というか――俺の妹だった。

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