第15話 クラス委員長は、突然「円陣をくもう!」と提案する。
どうも球技大会に対してやる気が上がらないのは、俺と運動が苦手な一部の男子だけのようである。サッカー部だけでなく、クラスの連中のほとんども、みな球技大会を楽しみにしているらしい。
休み時間にクラス旗の制作が始まったり、女子がビニールテープを裂いて、応援用のポンポンを作ったりと、周囲のボルテージは徐々に熱が上がってきた。
球技大会前日、クラス委員長の女子生徒は、終わりのショートホームルームで、突如余計なことを提案した。
「明日の球技大会に向けて、みんなで今から円陣を組もう!」
――円陣って、クラスみんなで? ――しかも今この教室で?
そもそも円陣で掛け声出すのは、試合の空気を変えたり、ムードをよくしたりするための物だろう。当日ならまだわかるが、前日からってのはちょっと気が早いのでは……。
しかし、ここでやりたくないなんて言うのはどうしたって角が立つ。乗り気の者も、そうでない者も、言われるままにぞろぞろと集まり始めた。
「えっと、誰が言う……?」
クラス委員長はふとみんなに尋ねた。
いや、言い出しっぺの委員長が言うべきだろ。
結局、他のいけいけ連中に背中を押され、クラス委員長の女子が掛け声をいうことになった。
「えぇ、私でいいの? 何ていおうかな……。」
何いうかとか考えてないのかよ。早くしてくれないと、左隣がラグビー部の太田くんだから暑苦しい……。
俺の右隣はというと、吹奏楽部の菅野さんという名の女子だ。あんまり菅野さんに近づくのも、どさくさに紛れてボディタッチしたがっている奴みたいで気が引ける。吹奏楽部内で変な噂を立てられ、神崎さんの耳に入ると最悪である。
――っ!? そういえば神崎さんの隣は誰だろうか……?
こういう青春のノリが苦手で、つい失念してしまっていたが、もしこの機に応じて神崎さんに密着してる男がいたら、俺は一生そいつを嫌いになれる自信がある。
慌てて視界を巡らしたが、神崎さんの姿は見当たらない。その時、俺の背後から小鳥のさえずりの如く可愛らしい声が聞こえた。
「ごめん、ここ入れてもらってもいいかな?」
少し遠慮しながら、おずおずとお人形さんのような小さな頭がひょこっと目の前に現れた。
「――えっ?」
突如目の前に現れたは、愛しの神崎さんであった。
「あれ、どこ行ってたの?」
菅野さんが、神崎さんに尋ねた。
「ちょっとお手洗いに行ってた~。」
神崎さんは水色のほわほわしたタオル生地のハンカチで手を拭きながら、「お隣いいかな?」と俺の方を向いて、可愛らしく小首を傾げた。
「もっ、もつろん!」
「もつろん……?」
「いや、も、もちろん!」
何を舌噛んでんの俺!……だから前もいったじゃないっすか神崎さん! 俺に声かける時は予め前もってアポイントいただかないと困りますって! 心の準備がいるから! もうすごい緊張するんだからねっ!
「えへへ。入れてくれてありがとうね!」
神崎さんは天使のような笑顔でそう言った。
「ちょっと青葉くん、もっときゅっとなってくれないと、みんな入れないから!」
「えっ、あぁ……わるい。」
口うるさい女子にもっと狭まるように促され、やむを得なく、俺は神崎さんと肩が触れ合うまでに距離を縮めた。あくまで“やむを得なく”、ということをここに強調する。
「なんだか……おしくらまんじゅうしてるみたいで楽しいね。」
と、神崎さんはにこにしている。彼女の華奢な肩が、わずかに触れてしまい度に俺の胸の鼓動は高鳴った。可愛いすぎる、何この天使。ってか、もうさっきからずっと、神崎さんの方からお花畑みたいな凄いいい匂いがする。
いやぁ、もう団結って大事だね。俺が間違ってた。円陣組むって最高だ。ありがとうクラス委員長、今までモノローグ(脳内)でつまらないことをごちゃごちゃ言っててごめん! あんた最高だよ! 青春最高。
「……っじゃあ、一組優勝! っていうから、みんなはナンバーワン! マジ卍って言ってね。」
イケイケ連中の相談の結果、謎の掛け声が決定したらしい。クラス委員長は、少し照れながらみんなに告げた。
何だまじ卍ってその掛け声……。って普段なら思うが、今日に限っては、素敵な掛け声ありがとうございます。素敵な円陣をありがとうございます。
掛け声の前に、バスケ部のイケイケ男子の真野が「せっかくだし、みんなで肩組もうぜ?」という提案をしてきた。こういうのさらっと言えるのがなんか腹立つ。俺が言ったら、「え……」って絶対変な空気感になるだろう。
「いいね! 団結感でるね!」
――まじか。 それはもう嬉しい提案なのですけれども……。私めの隣には、あの神崎さんがいるんですよ? 天使の肩に腕を回せと? それって不敬罪とかで罪に問われて、捕縛されたりしないのでしょうか?
と、阿呆なことを考えていると、突如がしっと力強く肩を掴まれた。なんて強引なんだ神崎さん!? と思いきや、その手は左隣のラグビー部の太田くんだった。
クラスのみんな、特に隣が女子の男子は、少し恥ずかしがりながらも腕を肩にまわし肩を組んだ。
姉貴の言葉を借りるなら、「変に恥ずかしがるからあんたはキモイのよ。」ということである。俺は意を決して神崎さんの肩に手を伸ばそうとした。
「あっ……。」
その時、神崎さんと目が合った。彼女は少しはにかむような笑顔で、俺の肩に手を伸ばした。それに合わせて俺も手を伸ばし、互いの肩に手が触れあった。
「……。」
恥ずかしい、どれくらいの力で肩を持ったらいいの? きっと女子と肩を組んだことのある男の大半が悩むであろうこの難問。女子と肩組んだことのない男にはわかるまい。黙って見ているがよい。
あまりに力を入れなさ過ぎても、変に意識してるみたいでキモイし、最悪の場合、手が震えてしまうという恐れもある。しかし、女の子の華奢な肩を力強く握るのも怖い。壊れてしまうのではないかという不安と、「こいつ何力強く肩組んでくるの? 暑苦しいんだけど?」とか思われないか心配だ。神崎さんに限ってそんなことは思われないだろうけど……。
結局、俺は生卵を握るくらいの力加減で、神崎さんの小さな肩をそっと握った。
「一組優勝――!!!」
「「ナンバーワン! マジ卍―――!!!」」
普段の俺なら、空気を読んで小さな声で言う。青春を生きる者にとって、空気を読むというのが平穏に生きるための大事な技であり、義務でもある。しかし、生まれて初めて神崎さんと肩を組むという緊張に、俺は喉がカラカラになって何も声が出なかった。
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