第8話 管理員の芝山さんは、よく自身の青春時代を懐かしむ。
学校につくと、管理員の芝山さんが箒で校門前を掃いていた。朝練の生徒たちのために、芝山さんがいつも朝早くから裏門を開けてくれている。
芝山さんは北の国からとかに出てきそうな、角刈りのザ・昭和男児である。いつも薄緑色のつなぎに身を包み、校内の落ち葉を掃いたり、壊れた物があれば修理してくれたりしている。厳格そうな顔つきであるが、その性格は人懐っこいおもしろいおじさんだ。
「おはようございます。」
「おう、サッカー少年。今日もはやいな。おっ、女の子同伴させてるやないか! 彼女できたんか!?」
よく朝練で顔を合わせてるうちに、顔を覚えられてしまった。芝山さんは、愛嬌がよくて誰にでもすぐ絡んでくる。そのくせ生徒の名前は覚えていない。名前を教えても、一向に覚える気はないらしく、俺のことはサッカー少年と呼称する。
「ちがいますよ。うちのマネジです。芝山さん、いい加減俺の名前覚えてくれません?」
「がっはは。すまんすまん。」
芝山さんほど快活に笑う人を他に知らない。
「確か、あ……何とかくんだっけ?」
一年以上も顔あわせていて、苗字の頭文字しか覚えられてねぇのかよ。
「あおばです。青葉雪……。こっちはサッカー部マネジの桜木ちろるです。」
「そうか。まぁ覚えてたらおぼえるわ。」
全く覚える気がなさそうだ。まぁもういいけど。
「ええのう。青春やのう。わしももう一回高校生戻りたいわ。」
芝山さんは、青い空を見上げながら、どこか素敵な過去の青春とやらに思いを馳せ始めてしまった。
青春をやりなおしたい。どうして大人はみんなそんなことを言うのだろうか……。青春なんて、些細なことでいじいじと悩んだり、何かにつけ人からどう見られているか気にしたり、つい恥ずかしいことをしてしまったり、本当もう何故だかすぐ死にたくなる……こんな死と隣り合わせの時期のどこが楽しいのだ。
どっからどうみても大人の方が楽しそうに見える。車で好きなとこにいけたり、酒を飲んでわいわい騒いだり、趣味に没頭したり、親や先生にぐちぐち怒られたりしない。……そりゃ仕事が大変だってみんな言うけども、それだって自分で選んだ道じゃないか。
「そんなに――青春っていいものですかね?」
ふと漏らした俺の言葉に、芝山さんは力強い言葉で言いきった。
「サッカー少年、そしてちろるちゃん……。君たちみたいな年頃は、何だってできる。馬鹿な事したって、大抵のことは許される。まぁつい死にたくなるような後悔もするけど、大人になったら笑って話せる。若人よ。毎日を全力で生きろ! そして人生を楽しみたまえ!」
芝山さんの話を、ちろるは真剣な表情でふんふん……と頷きながら聞いていた。
何だってできるか――でもそれって、大人も同じじゃないのか? むしろ大人の方が自由なのでは――と考えてみても、まだ大人ではない俺にはその答えはわからないのだけど。
――青春の今にしかできないことがあるのだろうか。
「っじゃあな、サッカー少年、ちろるちゃん!」
「はい……ってか、何でちろるはすぐ覚えて、俺の名前は覚えられないんですか。」
「はい、ありがとうございます。」
ちろるはぺこりと会釈し、俺も軽く会釈してグランドへと向かった。
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