第3話 青葉吹雪は「弟くん、髪の毛伸びたね。お姉ちゃんが切ってあげようか?」なんて優しい姉貴ではない。

 俺は常日頃、校内で天使な神崎さんを観察しているが、断じてストーカーなどではない。そこだけは断言しておく。


 好きな子が何してるか観察するなんて、思春期ボーイズ&ガールズならみんなやってるはずだ。それくらいでストーカー呼ばわりされる筋合いはない。


 しかしまぁ、ガン見するのは気を付ける方が良い――かく言う俺も、神崎さんがいきなりこっちを振り返って焦ったことが度々ある。


 そんな時は、左手を額に添えて、前髪をいじっているふりをすればいい。


「あんた前髪いじる癖やめときなよ、まじキモイから。」


 姉貴である青葉吹雪あおばふぶきは、実の弟である俺に向かって、よくそんな辛辣な言葉を吐き捨てる。しかし、好きな子をガン見してるのがばれそうな緊急事態では仕方あるまい。


 はぁ……もっと優しい姉が欲しかったものだ。


「あ~また、髪の毛さわってるぞ! めっだよ! 弟君、髪の毛伸びたね。お姉ちゃんが切ってあげようか?」


 なんて言う姉貴がいたらいいのにな。


 まぁそんなものはこの世に存在しない。全国の姉から不遇な扱いを受ける弟たちが、辛い現実から目を背けるために生み出した儚い幻想である。そんな幻想は上条さんの手を煩わせずとも、リアルの姉貴たちの手によってブレイクされるのだ。


 姉貴の非道エピソードをあげるとキリがない。中学の時、俺はドライアイになってしまったことがある。


「最近朝起きたら、目が開かないんだよなぁ。ドライアイってやつかなー。」


 そんな悩みを抱えた中学時代の俺に対して、姉貴はやはり辛辣に物申す。


「あんたさ、目開けて寝ててキモイからよ。」


 え?――キモイ関係なくね?  


「弟くんったら……可愛いぱっちりおめめを開けて、寝てるからだよ。お姉ちゃんのアイマスクと目薬貸してあげるね。」


 というくらい、優しくしてくれないものだろうか。


 まぁ俺の姉貴が突然そんなに優しくなったら、逆にこわいだろうけども。


 ちなみに姉貴は、俺の通う高校の三年生であり、泣く子も黙る生徒会長様である。


 ついでにいうと、吹奏楽部に所属し、愛しの神崎さんの先輩にあたる。俺が神崎さんとの恋愛を発展させるにおいて、姉貴のご機嫌を覗うのはわりと重要である。

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