他問他答

「それでは、今期の評価を始めます。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 少し時間が過ぎて、評価当事者に評価の結果を伝える時期がやってきた。小さな会議室の中には佐藤と佐藤の上司である田中の二人のみ。

 ここで行われるのは提出した評価シートの返却と、そこに書かれている自己評価と実際の評価との差異に対しての理由や、それらの総評が述べられる。

 田中は佐藤の評価シートを見ながら一つずつ評価内容を述べていった。


「えっと、まずは実務評価からいきましょうか。実務に関しては評価Sを付けました。プロジェクトの進み具合もそうですが、主任の高橋さんからも良い評判ですね。いつも仕様や疑問点などで議論されているのも、業務に関して真摯しんしに向き合っていると判断しました。また、忙しい中でも他の方の質問にも丁寧に対応してくださってるのも考慮した点数になります」


「ありがとうございます」


 実務評価に対しての評価は申し分ない評価であり、二人とも当然のように受け止めていた。この辺りのやり取りはもはや年中行事になりつつある。変化が出るとしたらここではなくこの次からだ。


「次に職務評価ですが、自己評価と違った点数を付けたところだけ理由を述べます――が今回は少し、別の角度からの語る必要を感じます」


 そこで佐藤も自分の職務評価の内容にざっと目を通した。一から五の五段階評価で三が平均点の評価で、佐藤の自己評価の大半は三か二――あるいは一になっている箇所すら存在する。そのため、最終的に点数が上がったところは多いのだが、ここまで結果との差が出ていたのは今までなかった。


「佐藤さん、もしかして何か悩みとか、問題とかを抱えてらっしゃいますか?」


 田中の質問に、佐藤はつい緊張してしまった。

 まさかとは思うも自分の悩みがバレたのかと――いや、気づいてもらったのかと胸がざわつく。でもそれはあくまでも内側の話、外側の佐藤の顔は相変わらずの無表情のままで、口から出たのもまた悩みとは程遠いただの確認だった。


「問題、と言いますと」


「佐藤さんの自己評価が低いのは今に始まった話ではないのですが、今回はいつも以上です。こういっては悪いのですが、正しい自己評価ができているのは言い難いのですよ」


 問題と言うほど大したものではなく、それこそ今に始まった話ではない。佐藤はそう思ったが、ここまで上司が言ってくる以上、ただ問題はないですと答えてはそれこそ後々問題になるのが目に見えていた。


 あの日に刺された一言はいまだに尾を引いていて、傷跡は癒やされていない。

 それなら期待はしていなくとも、話したところで失うものがないのなら、別に言ってしまってもいいと判断した佐藤は人名を伏せたまま、あやふやに自分の悩みを話した。


「評価シートを書いてた時期に、少しいろいろと言われただけです。自己評価とは言ってもそういう他人の言葉も判断基準にするべきだと思いましたので」


「なるほど――常に思っているのですが、佐藤さんはもう少し自信を持ったほうが良いかと思います。誰から言われたのかはわかりませんが、そんなわかりもしないで言ってる言葉を気にすることはないでしょう。他人の言葉ではなく実際の結果を残していて、チーム内の評判も良いのですから」


「そう、でしょうかね」


「そうですよ、好きなように言わせておけば良いのです」


 気楽に言ってくれる、と佐藤は思ったが声には出さない。好きなように言わせろと言った時点で、佐藤は田中からの返答に抱いていた少しの期待も消えていた。そして佐藤は悟った。田中のそれは質問ではなく、ただの確定事項の確認であると。それに伴い普段の仏頂面がさらに冷めていく。


 そう割り切れたら、そもそもここまでにならなかったと、こっちのことは気にもしないで一般論をさも正解のように言ってもらっては困ると、あらゆる言葉が頭の中で浮かんでは消える。

 刹那の時間で数多あまたの言葉が過ぎ去るも、最後に出てきた言葉はやはりありきたりで、当たり障りのないうそだった。


「すぐには難しいかもしれませんが、肝に銘じておきます」


「はい、よろしくお願いします――とりあえずはこんなところですが、何か質問とかございますか?」


「大丈夫です」


「了解です、お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


 そして、その場は解散となり二人とも通常業務に戻る。

 佐藤も田中も外側だけを見れば普段と何ら変わりはない、いつもの二人であった。その内側にどんな考えが渦巻いてるかなんて、それこそ本人たちしか知らない。

 自分が思っても良いこと言ったと満足している田中も、何の解決もされないまま未だに苦しんでる佐藤も、表に出るはずのない感情だけが募っていった。

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